春雨の桜花

EOS 60D/EF-S55-250mm F4-5.6 IS II/手持ち/ISO800:F16:1/160

 いまは長雨。ここ数日曇り雨の天気が続いており、まだまだこれが継続する様子。春先ということもあって心も曇る事が多くなっている。しかし撮影していると無我夢中になるものである。この日は気楽に撮影しようとマクロレンズと望遠キットレンズ、それからAPS-Cの60Dと共に出かけた。しかも手持ち撮影である。こういう気楽さもたまにはいい。

 実は撮影は異なる場所でしようとしていたのであるが、近所の公園では桜並木が一斉に満開となっていた。すぐさまその方へ踵を返す。しとしと雨の中ではあるが花見の準備をする客の姿もあった。春雨の中の桜。水たまりに映るその姿が私の目をくぎ付けにした。水が滴る花弁も当然美しかったのであるが、風がなびくと細枝はゆれにゆれる。マクロレンズでの撮影は非常に難しく構図も決めかねていた。その為か、この姿はそのときの私を優しく導いてくれたのである。

 梅の写真や桜の写真を撮影してみると非常に作品としては難しい被写体であると思える。しかし生活の合間、通勤の折りに出会った桜の開花はとても感動的である。実際写真を撮りに赴いてみても、その花の雰囲気に吸い込まれてしまうのである。しかし何とした事であろうか、写真となるとその魅力を伝えるには物足りないのである。それは私の腕にも関係しているのかもしれないが、一つ聞いて納得した話があった。

 それというのも”変哲もない日常が変化し、桜が開花する姿に人は感動するのではないか”というものである。確かに冬の間は葉を落として、春に蕾をつけて、それが開花する。圧倒的な変化に心揺さぶられる。写真の中の桜は、その変化の中に共に身を置いている訳ではないから、その状況を伝えるに至らないのかもしれない。私はその言葉に妙に関心するところなのである。

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学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。