阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.23 凍える朝の光

阿蘇紀行Vol.23

 12月の凍える朝、霞みは無くとても澄み渡る空気。冬のツンとしたその趣を感じながら山へ登る。阿蘇の冬は一面黄色。実はこの冬枯れの色が結構好きだったりする。はやくももう年の瀬。世間は忙しない季節ではあれど阿蘇の山ではそんなことは全然なく、自然な時間が流れていて自分と向き合う時間を過ごすことが出来た。

滝坂次郎

秋色になり始めた阿蘇山上へ赴きながら、ただそこに身を浸す至福の時間。

辺りは暗く、遠くには阿蘇の町並み。そして熊本の町並みが見渡せる。そんな中のハイキングは軽快。しかし足元はいつもより滑る。時折突風が吹き付ければ手足がかじかんだ。街明かりが暗闇の中に映える。

暗闇に横一線、一筋の赤い光が立ち上り始める。それは次第に太さを増していた。紫のような色をした闇夜が少しずつ少しずつ明らみ始める。そうすると辺りが真っ白であることに気付いた。登山道ではザクザクとした軽快な音。氷の粒が靴やカバンについている。

シンとした空気感が綺麗。

草千里の駐車場に到着したとき、深き闇の中。辺りは一台の車もなく、勿論人影はない。すこし心寂しい気持ちにもなったのであるが、しかしほんの少し目が慣れてくると星影が当たり一面に広がっている。それはありきたりな言葉ではあれど、まるで宝石を散りばめたような美しさだった。

阿蘇の山脈。美しき夜明けに立ち会う瞬間。

ほんの少し前まで華やかさを備えた紅葉の季節であった。それは植物たちが来たる冬に備える前触れ。冬が訪れてみると今度は淡い色彩が澄んだ空気に映える。朝の光は本当に素晴らしい。勿論、自然はどんな時も私の心を魅了するのだけれど、これもまた格別の情景であった。闇の薄紫が少しずつ溶けるように橙色に馴染みゆく光景。

頭の上を次々に通過していく雲。山を乗り越えていく風を感じることが出来る。阿蘇中岳に向かって吹く風。その冷たさは身体の芯へ届く。そして末端の痛みが増していくようだった。しかし、旭の光は先に心を温めてくれた。その痛みも癒されている事が実感できるのだ。

今年の師走は曇雨ばかりの様相。そうしたとき、今日の快晴は雲海をもたらしてくれるのだと期待した。しかし予想に反して大雲海とはいかなかった訳だけれど、放射冷却した冷気は、外輪山を逆転層を作り出しそこにまた淡い橙色を蓄えた。複雑な色合いが絡み合う。この光景は、私の想像したものよりもはるかに美しい。

冬の阿蘇の里山。

日が昇るにつれて外輪山が赤く照らされていく。阿蘇の里山の風景はいつ見ても素晴らしい。自然と人とが共存して創り出される芸術。それをこの一年間追ってきたが、やはりそれだけでは足りないらしい。これからも多くの発見を増やしていきたいところである。今年は定点を意識してみたが、来年は広がりを持たせていきたい。

完全に日輪が姿を現す。その光は今まで白い世界に覆われていた台地を少しずつ融解する。温かな日差しが心身を朗らかに温めてくれていた。このときの身体の冷えというのはなかなかのもので、指先は霜焼け、その痛みで痺れを感じるほどであった。できるだけ尾根に体を置き体を温めれば、再び活動に戻ることが出来る。写真に集中する精神力が蘇っていく。

下山途中、三角形の影が米塚の頂上を通過した。まだまだ足元は白く滑りやすい。如何に低山でも誰もいない場所で怪我をしてしまえば死活問題。登山では下山こそ気の緩みが故に幾多の事故が起こってきた。そうした事象を肝に銘じながら慎重に下っていく。山の影とは言え、ススキの上部が明るく照らされる場所もある。こうしたコントラストは美しい。

早朝の柔らかな光。斜めから差し込むと大地に陰影が生み出される。こうした冬の風景も阿蘇の魅力だ。むしろどちらかといえば、冬の黄色をまとった姿は好みだったりする。

凍てつく空気感が美しい阿蘇の風景

この時期にも動植物は力強く息づいている。例えば阿蘇山上への吉田線。夜間には多くの動物たちが闊歩しているし、それを見かけることがある。この日も例にもれず野兎が跳ねて横断していく姿が見えた。写真を構えても闇夜に溶け行く姿は捉えられそうにないので見送ったが、それだけでこの日嬉しい気持ちになったものだ。

これから冬の阿蘇も暫く楽しみたい。今年は多くの野生の哺乳動物たちとの出会いがあったが、これからも阿蘇の動植物の姿をもっと追っていきたいと思う年となった。少しずつ少しずつ気持ちにも変化があって、自分のそのちょっとした事が喜びであったりする。このブログも2年を経過することが出来た。こうして写真の変化だけでも残すことが出来たのは、とても良い収穫だ。

滝坂次郎

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。