サガのサギ。|生きとし生けるもの-瞬-

生きとし生けるもの「瞬」vol.7

 久しぶりに羽を伸ばし、さぁてどこへ行こうかと思案。自然環境と体調なども鑑みて佐賀方面へ出かけることにした。しかし熊本とは違い、佐賀の方まで北上すれば、大気の霞みもあまり気にならなくなった。高い雲と青い空に抱かれて、そんな空の下で過ごす我々、雲の影に入ると少しひんやりとした風が吹くものの、再びその影を抜ければジリジリと肌を焦がすような暑さに参ってしまう程だった。

滝坂次郎

猛暑続きの日本列島/九州。佐賀は素晴らしき場所だった。

 吉野ケ里遺跡。とても広く炎天下の中であった為熱中症にならないかと肝を冷やす。肝だけでなく、体も冷えてくれないだろうかなどと思ったところだった。

 しかし程よく休憩所が設けられていて親切設計。自販機なども多く設置されていたので少し安堵した。用意された日陰や休憩所で休み休み歩く。なんだか健康的な施設。入り口ではとっても風情ある笠が用意されていてそれを被る。弥生文化に心惹かれるとても素晴らしい施設だったことはここに述べておきたい。

 ちょうど日が傾いてきたころに東与賀のほうへ移動するのだった。

サギの日常と夕景。|生きとし生けるもの-瞬-

2018.08.08

 東与賀といえば野鳥。特に海鳥たちとの出会いを探しに行こうとしていたのだけれど、私の前に現れたのは素晴らしい田園風景の中に多くの素晴らしいサギたちの姿だった。 

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佐賀の田園風景と自然の摂理。


 
 広々とした田園風景。夕立雲が流れてくるのが分かった。西は晴れているのに、東には厚い雲。段々こちらの方へ迫ってきていた。

 ふと遠くの方へ目を見やると一本の筋のような降雨がだんだんとその幅を広げて滝のようになっているのが見えた。

 こちらでは何事もないかのように時が過ぎていた。トラクターが噴煙を上げて耕作している。何か不思議で神秘的な光景だった。


 黄金色に染まる水路。美しい光景の中にサギたちが憩う。魚を狙う鳥、虫を狙う鳥。水田は彼らが餌とする生き物の宝庫である事が分かる。

 しかし彼らはいつものように生業に努めているにも関わらず、私からするとただこの光景が幻想的で美しく見える。柔らかな光が水に反射するとまるで水銀が輝いてるかのようにすら見えてくるのだ。

 黄金の島ジパング。なぜだかこの言葉と始皇帝が不老不死の薬を探すために蓬莱(伝説の地)に派遣した徐福が、ここ佐賀に立ち寄ったとされる徐福伝説を思い出された。

 


 
 思い思いの場所で過ごすサギたち。

 夕暮を迎える頃にもあの夕立の雨雲は流れて続け、我々のところでも時雨となっていた。雨が降り続けている間、佇むサギ。

 広大な風景の中にポツリと倉庫のような建屋。

嗚呼美しき佐賀。感慨する夕景の田園。


 
 サギの姿が素晴らしい風景の中に溶け込む。それは思わずシャッターを切りながら感動するものだった。

 魚を狙い水路を見つめ続けるサギ。その水路の先には降雨が見える。夕立雲が低く暗く辺りに広がっているが、その隙間から夕焼けが覗く。自然の摂理からなる夕方のほんの一瞬の出会いであった。

 雨は鳥たちの活動も中断させる事があるようだ。それはきっと我々と変わらないところ。ひとしきり雨が降り終えるのを電柱の上で待つ。

デレーケ導流堤で見つけた出会い。

 
 

 阿蘇の外輪山、南小国町から湧き出る水は、この佐賀県と福岡県の境でもある筑後川を通っても有明海へ通じている。こんなところに熊本とのつながりを感じるのはとても嬉しいもので、佐賀方面の有明海の豊かさの理由でもあるのだと納得するのだった。荒尾干潟と同様、佐賀県東与賀の干潟もまたラムサール条約登録地。物凄い数の海鳥たちが憩う場所となっている。ちなみに筑後川のデレーケ導流堤は、干潮時に見られるもので、水流を早くすることで土砂の堆積を防ぎ、水深を確保するために設けられた遺産。明治時代のお雇い外国人デレーケ氏が設計したとされている。とても美しい建造物だ。

心に残す大切な一期一会

 このひと時のお気軽旅は実に幸運な事に素晴らしい出会いへ導いてくれた。実は今回の装備はあまり仰々しいものではなく、ほんの少しの機材であった。私にとってはお気軽行のつもりであったが、それでも運は最大限味方してくれたようだ。感動する風景との出会いはいつも突然に現れ、そしてすぐに去って行くものだったりする。ほんの一瞬の一期一会をただ大切にしまっておきたい。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。