サギの日常。|生きとし生けるもの-瞬-

生きとし生けるもの「瞬」vol.6

 この日も物凄い炎天。途中強烈な夕立に見舞われた。しかしそれでもサギは狩りをやめようとせず黙々と己の仕事にまい進しているのだった。また狩りの時のとても素早い動きは本当に驚くのだが、飛翔の時のゆったりとした優雅な舞いもとても魅力的なのだ。彼らが上空を飛んでいるのを見ると何故だかクジで当たりを引いた時のような喜びが込み上げてくる。

滝坂次郎

猛暑続きの日本列島/九州。日中のサギたちは活動的。

 サギといえば、最近はコロニー周辺で撮影することが多かったのであるが、たまにはサギが日中どんなところで活動しているのかを捉えるのも面白い。夕暮時になれば一羽、また一羽と群れに合わさっていくのだけど、それまでは基本的にお互いの距離をある程度保っている。

 しかし不思議な事に、それでも離れすぎているという事もない。そうした絶妙なバランスが天敵から身を守り、なおかつ餌の競合を避けるという二項対立を両立させているのだ。

黒と白の夏。|生きとし生けるもの-瞬-

2018.07.12

晩春の鷺コロニー|生きとし生けるもの-瞬-

2017.05.18

 とても身近な鳥でもあるサギをしっかりと観察してい観るととても愛嬌があり興味深くなる。 

滝坂次郎さん(@jiro.takisaka)がシェアした投稿

 

白川。その近辺の田畑に集うサギたち。

 青々とした田んぼの中で、昆虫を探すサギ。少し稲の丈も大きくなってきている。

 
 

 白川沿いには多くの田畑が並んでいる。この一級河川の水量はとても多く、また水がそこへ流れていく。広々とした段丘崖の谷底平野にサギたちも多く集まる。

 
 

 稲ホールクロップサイレージ。稲を早めに収穫して家畜の飼料として利用するもの。収穫し終わったロールをトラックに積み込む風景の前で、出てきたサギたちは捕食中。同じ場所で三羽のサギがご馳走にありついていた。ロールの中を離陸していく。

白川で魚を捕るサギたち。

 
 河川湾曲部のさらさらした砂地。そこにアオサギの姿があった。水面に映りこむ深い緑が美しい。

 もちろん川にはサギだけがやってくるわけではない。カワウが広い河原で佇んでいた。

 夕暮時になればこの川を群れになって帰巣する。サギたちにとってはコロニーまで結ぶ、幹線道路のような役割も担っているのだ。

 モデルのような佇まいのサギ。とても美しい姿を拝見することが出来た。サギたちは少なくとも学習という行為を行っているように見える。何故なら格好の漁場を必ず確保しそこを見回るように飛んでいる姿を何度と見ている。だから彼らは一番効率の良い漁を行っていて、ただそこに意味もなく佇んでいる訳ではない。今回見つけたサギたちも同様、魚や昆虫をしとめる彼らの姿を必ず見つけることが出来た。

後日の白川。


 
 

 寝床を探すカワウの一群。上空を周回し辺りを偵察していく。そんな姿が金峰山に重なる。雲はほのかに染まっていた。


 サギの一群も同様。彼らも一羽一羽と集団に加わって今晩の寝床を探す。いったん高い木の上に止まりまた当たりの様子を探ているようだった。

 白い羽が夕焼けに染まり、橙色に光る。白川に住まうサギもとても美しい。

 熊本には白川水系や緑川水系や球磨川水系や菊池川水系など大きな川がいくらかあるが、それらはすべてサギにとっての幹線道路のようなもの。彼らはそれを使って山に行き海に行き、そうしてとても広い範囲を活動している気がしている。

 

鳥という知恵者に敬意を払う。

 鳥頭と言われてバカにされるのは彼らにとってはただの侮蔑であり、むしろ鳥の脳は圧倒的に哺乳類の脳よりも効率的にできている事が分かっている。カラスに至っては、ニホンザルよりも高い知能を持ち、学習や認知機能に優れているという。今一度私は人間よりも長い歴史を経験し、蓄えた知恵をもつ鳥たちに敬意を払いたい。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。