【随筆】自然と災害。切っても切れない関係。

滝坂次郎

自然と災害。

 実を言うと、自然災害が起こる事は必然なのだ。それは当たり前の事なのだけど、一度それが起こってしまうと、受け入れがたい事実が発生してしまう事がある。上記の写真は台風が関係する雷雲。その下方では島原半島に猛烈な雨を降らせている事が分かる。だが同時に太陽の周りにできた珍しい虹(暈)が見られる。とても恐ろしいと同時にとても美しい風景だと思えないであろうか。

 時に台風は生活に多大な悪影響を及ぼす。しかし同時に、その前後の日に見られる美しい朝夕の空の焼け具合にはいつも目を奪われるのである。日本というのは山、川、海とあらゆる場所で、あらゆる形の災害に見舞われる可能性がある。一度自然が牙をむけば人間生活というのはいとも簡単に破壊されてしまう事さえある。しかしその山も川も海も、常に生きる糧を、恵みを我々に与えてくれるのである。そして穏やかな表情を見せてくれるその一瞬を美しいとさえ感じる。

 噴火も同様で、そうした造山活動が無ければこの森林豊かな山林は育まれなかったであろうし、そして雨量が一定で飲み水が豊かな大地が醸成される事もなかったと言えないであろうか。自然というと美しいと言える部分は多いのであるが、だがその美しさは、一見するところ恐ろしさに表裏するものであると捉えられるべきものなのだ。つまり美しいばかりの自然はあり得ず、また災害ばかり自然というのもあり得ない。普段我々は自然から多大なる恩恵を受けているにも関わらず、そうしたことに鈍感になる。

 ところで私も熊本地震という大地震を受けて、家屋が損傷したくらいで、そして避難せざるを得なかったくらいで、生活が少し変わったくらいで、他にもっと大きな被害を受けた人々も多い中で、それでも自然というのを少しだけ恨みそうになったものだった。だが自然の中で写真を撮っていると分かる気がすることがある。それは人間も自然の一部であって、自然に生きることが大事なのであると。以前アラスカ周辺に暮らすインディオの暮らしぶりが放送されていた。彼らは、自然に生きる人々だ。雷がなればテントを張って雷雨が去るのを待ち、また風が吹けばカヌーを漕ぐをやめる。そうして自分自身が自然になっていると、いい発見や出会いが待ち受けているものだったりする。

 日本は非常に災害が多い国であることは周知の事実だ。だが同時に恵みも多い国でもある。光が強ければ、影も強まる。光が弱ければ、影は弱まる。そうして我が国はこの強きコントラストによって、ますます魅力を深めているように見えてならない。もし我が国にこれほど豊かな造山帯が無ければ、もちろんのこと地震や噴火や洪水などといった災害は少なくなったのかもしれない。しかしながら年間降水量は少なく、山や海からの恵みも同様に少なかったに違いない。また自然が織りなす景観に至ってもそれほど魅力あるものにはならなかったのかもしれない。

 熊本の素晴らしい水。その恩恵に服す私の目には、例えば阿蘇という存在がとても偉大に見える。山に降り注いだ水が地下に浸透し、落葉した木々の養分を含み、更に濾されて川の生き物を育み、里山や街を潤す。またその水が海へと流れ込み、微細な生態系を活性、食物連鎖の中の全ての存在に恩恵が行き渡っていくのである。しかし阿蘇という水がめの成り立ちについて少しでも気を止めたならば、我々にとっての”災害”がその恵みに先立って存在しているという厳然たる事実に気が付くのである。

 これまで語った事も人間の見る目で語っているだけであって、自然にとっては成るがままに為す。自ら然る状態であるだけの事。それが人にとって恐ろしい雷雨であろうと、その後に見える美しい虹であろうと、ただ自然であるだけなのだ。そうすると私自身も自然を勝手に解釈しすぎるという事に空しさを感じる。ただただ自然の持つ美しさと恐ろしさは同時に存在しているのだと納得しておきたい気持ちになった。

 我々人間にとって自然が一度牙をむくと、途轍もない厄災に見舞われたりする。しかし山があり川があり海があり、そうした美しい景観を目にすると、それを形づくった自然のもつ”力”に感銘を受けるのである。そこに山があるという事は造山活動というものが無ければならない。即ち地震や噴火、そして水や風の驚異的な創造力によって、風土は形成されていく。そこには植物や動物たちが暮らし、長い歴史の中で細い糸を一本一本紡ぐように調和していく。私にとってそのような事象にこそ、目を当てなければならない事のように思えた。

 
 

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学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。