阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.19 地震後の菊池渓谷

阿蘇紀行Vol.19

 よく歩く歩く。菊池渓谷の林道を進めば何故だか奥底から活力がみなぎってくる。いつもよりハイペースで登って行っている事さえ忘れてしまう程に。あまりに水が綺麗でその深い水の色に魂が吸い込まれそうになる。
滝坂次郎

認定地ではないが、阿蘇の恵みを受ける菊池渓谷。

 全国的にもその景観が有名になった菊池渓谷。毎年、有名写真家も多数訪れていた場所であったが、熊本地震の影響は免れず、その被害もとても大きかったようだ。地震直後には各所の土砂崩れの影響で水は茶色く濁っていたときもあったようだ。

 それにも関わらず、多くの人の尽力もあり再び美しい景観を愛でることが出来るのは本当に幸運な事であると、渓谷内を歩いていて感じ入るところなのだった。

 実は阿蘇と菊池には肥後の一大豪族が収めたという歴史の共通項もあり、また阿蘇家当主が弟に家督を譲り、菊池家を継ぐこともあったほど縁は深い。

 しかし阿蘇ジオパークの認定として菊池渓谷は含まれていないという所には注意したい。それでも阿蘇の恵みを受けている事に違いはなく、ここを無関係というにはとても惜しい。

 帰り道、菊池川沿いの田んぼにはトンボが飛び回り、サギが稲の間から顔をのぞかせる。そんな景色が雲と太陽によって幻想的に照らされていた。iphoneでパシャリ。 

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涼しい風が吹き抜ける渓谷。深い色を感じる場所。

 菊池渓谷の良さは、ほんの数百メートルを歩くごとに、少しずつ異なる見どころ風景に出会えるところ。中でも有名なのはやはり渓谷内を照らす光芒であろうか。朝早くから多くの写真愛好家たちが荷物を背負って訪れる。その顔触れも以前のような老練な方々というよりは、若人たちもまたその自然美にとりつかれているようだ。インターネット革命は、従来の観光の在り方をも変革している。

 

 渓谷を流れる水は、圧倒的に美しい。その色は何処までも深い翡翠の色をしていた。

 流れ下りゆく水はとても勢いがある。そこにカメラを沈める手が冷たい。この夏の猛暑は過酷であったが、そんな事を忘れさせるほどに渓谷内を時折満たす冷気が嬉しい。避暑という言葉がぴったりの場所だ。

 手に圧力を感じる流れ。逆らい撮影するが、体勢も体勢で手振れは抑えられそうにない。水飛沫が跳ねれば虹も舞う。そんな夏のひと時だった。 

 渓谷内を水煙を上げながら駆け下っていく流水。光が当たると水紋が浮かびあがる。太陽の動きに合わせて、刻一刻と眼前の風景も変化していく。日光が、あるところを照らしたかと思えば、もうその光は無くなり次の場所を照らし始めている。その一瞬一瞬の煌きを愛でていると時が過ぎていくのも忘れていた。

 
 
 轟くというと大瀑布のような印象を持つ。しかし大河原に訪れると”静謐な轟き”というのもあり得るのだと感じる。

 木の葉が時折足元を流れていき、水草に絡まったていたり、岩石と水流に挟まれて身動きが取れなくなったりしている。浅いが思いのほか力強い流れだ。 

 以前、晩秋を迎えた菊池渓谷で撮影した落ち葉。しがみ付く落ち葉と流れ下る落ち葉の航跡。この動きが面白さに感じたのだった。


散策という贅沢な時間。

 菊池渓谷は菊池市民にとって最も親しまれる場所の一つだ。そして同じく熊本県民にとっても。ひいては全国の人々も菊池渓谷に魅了される人々は絶えない。鳥や虫の声を聴きながら山道を歩いていると心が開放されているのが分かる。そこで出会う一つ一つの事象に心奪われている自分がいるのが分かる。そうしているうちに日々の喧騒などどこ吹く風。まさに自分が自然になっていくことが出来る。

 贅沢なひと時はタヒチやハワイのビーチだけで得られる特権ではない。きっと我々の身近にも存在していたのだ。そんなことをふと思い出させてくれる。そして、この地を大切に守ってきた人々の想いや尽力について決して忘れてはいけないのだ。こんなに贅沢な時間は今の時代滅多に味わえるものではないのだから。ちなみに上記は、熊本地震以前の菊池渓谷で撮った写真。あの時も今もきっと多くの人々にとって大切な場所であり続けるのだろう。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。