三月の海辺|生きとし生けるもの-瞬-

生きとし生けるもの「瞬」vol.4

 水鳥達の暮らしを見ているとちょっとだけその生活を味わってみたい気持ちになる。夕暮時の干潟、様々な色が交錯するこの場所で、思い思いに憩う姿はとても優雅だ。

 しかし実際には狩猟生活で生きながらえるには、知恵と感覚を武器にしてあらゆる苦難を乗り越えなければならないのだろう。そうした側面を考慮してみれば更に彼ら対する尊敬の念と刹那の美をひしひしと感じるところなのである。
滝坂次郎

三月の海辺。夕暮時の干潟を前に。

 バタバタバタッ。干潟の反射による芸術に目を奪われた。その瞬間、羽ばたく音と共にカモたちが飛び立つ。どうやら彼らの生活を少し邪魔してしまったようだ。すぐに写真機を構え撮る。宇宙の節理が生み出す現象と、生き物たちが作り出すこの光景は心身に響き渡る力がある。

蛇行する天然の水路/色彩

 本来この場所に赴く予定はなかったのだけれど、ドライブを続けていると何故だかこの場所についた。熊本港だ。この時間干潮と夕暮が重なったのであろうか。

 干潟には光のグラデーションが映し出されている。またその反射は柔和な表情をしている。蛇行する天然の水路。その水路は遠く続いており、またその水は太陽の光を十二分に受け止めようとしていた。

 羽ばたき去って行く雁の背。少しずつ傾いていく太陽。そうした状況で見るこの景色がとても儚く尊い。

干潟が魅せる/島原の光芒


 
 
 雲が多いこの日は、素晴らしい光芒が島原半島を包み込む。坪井川が明るく照らされ、家々と電柱が面白いシルエットとなった。更に当てもなく心に残る風景を探し行く。そんなときに出会ったのが海辺で憩う水鳥達だったのだ。心躍る出来事で、心が満たされた気持ちになった。

 それは、自然な私が、自然な形で、自然に出会えた事に対する嬉しさであったかもしれない。

自然な私が自然に出会う

 実はこの日梅園でも観に行こうかと考えていて、車を流していたのであった。めぼしい梅園を見つけることは叶わなかったのであるが、金峰山の脇を抜けながらドライブすることにした。

 EOS7D2という一眼レフに100mmマクロレンズしか備えていなかった私は、とても気楽な撮影行で、むしろ写真を撮る事を目的とさえしていなかったのである。

 上記の写真は全てスナップなのだ。そんなスナップな楽しさというのはとても気持ちが良い。様々な出会いによって、私にとって幸運な一日となった。


ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。