阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.12 水に憩う

滝坂次郎

阿蘇紀行Vol.12

 熊本とといえば水。そのきれいな地下水の豊富さは阿蘇という巨大な水甕によって支えられている。そんな水と紅葉を一緒くたに撮影したいと訪れたのは恒例の神社である。この場所は毎年毎年幾度も訪れている。地震の影響で昨年は入ることが出来なかった境内も、少しだけ復旧していた。新たな社に少し胸をなでおろしたところである。秋だけではなく、初夏の若葉の美しさもこの上ない。

阿蘇と水

 ミルクロードから阿蘇谷へ下っていく際中には粉雪がぱらついていた。雪と紅葉という塩梅になる事を少し期待もしたが、なかなかそんなに期待通りになるべきもない。車を降りると雲の合間から谷に向かって光が差し込んでいるのが分かった。阿蘇山上は厚い雲の中にある事が分かる。山肌には積雪も確認できる。


 光芒が差し込むのを見て、少し背中を押されたような気持ちになる。きっと今回もいい日になるに違いないという期待で胸は躍るのだ。

池のほとり。黄葉に抱かれて。


白き鯉が橙色や黄色に映える。錦秋と呼ばれるこの季節に、錦鯉の姿も重なる。


 池には黄色の絨毯が敷き詰められている。この光景を見るたびに、まるで夜空に浮かぶ星々のようだと感じる。透明度がとても高い池の水。大きな鯉が自由自在に泳ぎ回っている。


 錦の鯉も悠然と泳いでいる。美しい紅葉。そしてそこを横切る鯉の姿。風情がとてもある気がした。


 この光景は幾度と見ているのであるが、いつもここにきては「やっぱり好いなぁ」と吐息を漏らす。そして時期が過ぎると「またあの紅葉を見たい」等と考えてしまうのである。この静粛な雰囲気はなかなか簡単に味わうことが出来ない。

池のほとりに憩う


 私と同様に、この場所で憩う小鳥たち。


 跳ねては違う枝に、跳ねては違う木立へ。そんな風に楽し気に舞う姿。池には鯉が憩い、その周りでは小鳥が憩う。

星となりゆく葉


 水に落ちた葉は次第に沈んでいく。池底には幾多の葉が積み重なり、まるで絨毯のように敷き詰められている。表面のまだ新しい葉は色を残すが、少し時間が経った葉は少しずつ色を失い、また形も変えていく。土にかえっていく過程さえも美しく感じる。

美しき水景

 この場所の風情は本当に好みである。紅葉が過ぎ去り、散っていく様子さえも本当に美しく感じる。そもそも紅葉の美しさはそうした部分にも宿るのではないだろうか。これを日本的な美徳だとするならば、これからの季節が本番ともとれるわけである。ところで今回初めて水中写真に挑戦してみることにした。とても多くの反省点はあったのであるが、初めて見る光景に息をのんだ。やはり自分が知らぬ世界というのも身近に潜んでいるもの。そうした世界観というものにも目を当てて行けたらば、どれだけ楽しい人生なのであろうか。水の温度はそれはもう冷たかったのであるが、しかし想像よりも温かい。地下水は年中殆ど変わらない温度を保っている事を身をもって学んだわけである。

 帰りの道中、美しい阿蘇らしい原野の風景に出会った。まるで何かの皮膚をクローズアップしているかのような感覚に陥る。この面白い風景は人が牛を放牧した事で出来る牛道が段々となって出来る。そうすると純自然的な景色という訳ではないのであるが、これもまた阿蘇という場所で見る自然の性質なのだ。この地域では、自然と人間を対極に位置するものと見なすべきではない。むしろ人の生活が自然の中で営まれている事を教えてくれている気がするのである。

後日

 あの日から一週間が過ぎた。そろそろこの池の紅葉も終わりを迎えているようだ。しかしながら、この場所の神秘はここからが真骨頂だともいえる。池底に沈む綺羅星がその輝きを増すからだ。そして私は、その景を拝みに赴く。

散りゆく秋の景


 冬支度を終えた木ともうすぐ終える木が混在する。綺麗な葉は屈折によってクローズアップされてた。美しい葉。


 そこを泳ぐ鯉たちはとても優雅だ。


 木々もやはり季節を感じている。冬に向けて冬眠状態となるのだ。つまり無駄なエネルギー消費を行わないように葉を落とす。そしてその葉は養分となる。それは山も川も海も豊かなものにして、我々を養うのだ。


 透き通る水。そこに映りこむ木々。美しい光が水の柔らかさを表現してくれているようだった。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。