矢部紀行-YABE NATURE PARK- 燕滝の朝

滝坂次郎

矢部紀行

 山都町の矢部には多くの史跡が残っている。群雄が割拠した戦国乱世では”阿蘇家”がこの地を支配していた。そしてこの地を本拠地としていた歴史がある。実は通潤橋を駐車場から眺め、それが架かる左側の丘陵に岩尾城が存在していた。そのちょっと北側には矢部高校が位置しているが、そこには浜の館が存在していて、そこで阿蘇家当主が執務したという。浜町という名称が残っている事も少し由縁があるところで、阿蘇地方で「浜」といえば水田地帯のことを言う。そうした名前にあるように、この豊かな土地に本拠地を構えるというのはなんら不思議ではない様に思える。この土地もその風土に特色があり、熊本の中でも多くの滝を有している。里山の風景はまた美しい。

矢部周辺の自然を堪能していく

 タイトルは矢部自然公園としたのだけれど、本当は”矢部周辺県立自然公園”というのだそうだ。この自然公園には多くの滝が登録されている。また肥後の石工として有名だった技術集団の足跡を感じる事もできる。今回訪れた滝は燕滝。鵜の子滝の上方に位置する滝だ。この場所を訪れたときには早朝、あたりには幻想的に霧が立ち込めていた。車がやっと1台通れるほどの道を下っていく。山道を下って行くと突然鹿が横切った。近くの田畑には電気柵、またイノシシ用の檻が設置されていた。まさにこの場所は里山であり、野生界と人間界の境界線。日々その均衡を保っている場所なのであった。車を降りて更に滝まで下るのであるが、ところどころ道が土砂に流されていて、少しばかりの危険は存しているようだった。

朝の光に浴す通潤橋


 まだ人影もなく閑散としている駐車場。通潤橋の横の道を通り過ぎようとしていると、そのアーチの奥に輝ける木を見る。熊本地震の影響があり、未だ完全には立ち直っていない。

朝霧の谷へ分け入る


 霧のたちこめる渓谷。そこに光が差し込むと慌ただしく動き出す。


 この日の朝には霜が舞い降りていて、逆転層など寒い日に見られる現象につつまれながらここまで進んできた。だがしかし、放射冷却現象はまさにこの日の好天知らせるものでもある。霜が舞い降りた岩は滑る。この断崖絶壁から落ちてしまえば命はない落差である。今回はここまでしか前に進むことは出来なかった。

燕滝、甌穴の前に佇む。


 光が差し込めば木々は歓喜する。その色彩に癒されながらもやはりこの断崖に恐怖する。木々にとってその怖れは無い。


 力強い流れが甌穴に流れ込む。そしてこの穴はとても深く削り取られている。流れの細い場所で足をすくわれてしまえば遠く流されてしまうであろうことは想像に易い。


 それにこの岩場は滑りやすいのだ。そしてその先に待ち受けるものを考える時、足はすくむ。


 この流れの先には、燕滝。その滝に向けて光が差し込む。そう今日の主役は彼なのである。


 そしてその光は色を生み出した。感激にただ佇むだけであった。


 こうした光景は本当に美しい。

少しだけ散る


 まだまだこの紅葉はこれからが本番。谷から吹き上げる風は強い。だが落としてしまう葉の数は未だ少ない。

燕滝との出会い


 素晴らしき滝、燕滝。またしても最高の出会いを用意してくれていた。実は燕滝、数年前にも訪れていたのだけれど、写真として私の中では満足いく結果ではなかった。その時私は余り”出会い”というものを意識していなかったのである。つまり撮らせてもらえるものを撮るというのではなく、撮りたいものに左右されてしまっていたのだ。そうした姿勢では良き出会いに恵まれることは少ない。そして今ならそのことが分かり始めている。相手がいて初めて創造できる写真。私にはその姿勢が一番大切なものに思えてきた。私にとっては三顧の礼のような出会いもあるのかもしれない。

燕滝の全貌・動画

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。