有明紀行-ARIAKE SEA- Vol.3 秋の有明

滝坂次郎

有明紀行vol.3

 10月ともなれば台風の季節でもある。台風が一つ過ぎるごとに一歩ずつ冬の足音も近づいてくる。そんなこの時期、実際2017年の10月である今回も台風が過ぎ去って行った。それと共に放射冷却で朝晩の冷え込みと日中の温かさ、それを繰り返している。一日の変化もめまぐるしいこの季節は一日一日がとても面白いコントラストを秘めている。今回はとある秋の一日、有明海を写しとめている。

台風の足音と冬の足音

 台風が来るたびにその備えが必要となるし、心配も増える。そんな訳ではあれど台風が過ぎ去れば、その後の晴れが約束されてもいる。それに写真を撮るものとして嬉しい事に台風が来る数日間というのはPM2.5も少なくなる日が多い。そんな風に思うと悲観的な事ばかりでないという所が救いであろうか。台風がまったく来ない日本というのも逆に心配になってしまうのかもしれない。そうした矛盾した気持ちを抱えながらこの時期を過ごす私なのであった。

台風のかすめる頃に-午前


 上空には厚い雲。この雲は台風が引き連れる雲だ。こうした低い雲に覆われる時大抵、島原の雲仙はたちまちガスに包まれる。そうした状況下ではあれど、島原の街には光が差し込んでいた。


 素晴らしく澄み渡る空気。いつもはハッキリと見えないところまでもすぐそこにあるかのように錯覚するほどだった。島原の街の田畑まで見渡すことが出来た。


 普段私はあまり撮影しない長部田海床路はいつの間にかかなりの有名スポットになっているようで、この日もいくらの写真愛好家が撮影に訪れていた。フジツボがびっしりつとついている電線に視線を注ぎながら撮影。少しずつ潮位も上がっている時間帯。

台風の過ぎ去る頃に-正午


 久しぶりに三角まで車を走らせる。西港は日曜日という事もあって行楽客で賑わっていた。天草一号橋を渡って対岸から三角西港を眺める。丁度清々しい風と共に雲の影がすいすいと動いていく。山と海、それぞれに美しい光の糸を紡いでいた。


 上天草方面から島原を望む。天草方面も山の木々は少しずつ色づき始めていた。もう一か月もしないうちに見頃になるに違いない。台風一過、空高し。そんな状況だとはいえ、未だ雲仙においてはガスが掛かり続けていた。

夕刻の有明海を望む-午後


 夕刻、海岸線をドライブ。車をおもむろに止めて遠くを望む。すると一羽ずつ頭上を通り過ぎていくセグロカモメ。この日は一日中風が強く、海鳥たちもいつも以上に羽ばたかなければならないようだった。黄金の光を翼にまとい滑空していく。


 荒波の有明海。どす黒く濁る海はいつもと雰囲気が異なっていた。鳥たちは波の穏やかな場所へ避難。身を寄せ合っていた。そうした状況が面白かったので撮影。


 そうこうしているうちに徐々に徐々に日は沈んでいく。秋のつるべ落とし。あっという間に東の水平線へと消えていく。

砂浜の光-日没


 そろそろ帰宅しようとしていると砂浜が黄色く光っていてとても魅力的だったので撮影してみることにした。そういえばこの時間になるといつの間にか雲仙にかかっていたガスが無くなっており、その全貌を拝むことが出来た。浅瀬には光が反射しつつ、少し深くなると波が際立つ。そんな面白い光景。

秋の有明


 台風が過ぎ去っていく様子が実に面白いコントラストを生んだようだ。一日の変化が著しい日だった。しかもこの日の空気の澄み具合はとても素晴らしいものがある。久しぶりに海岸線をドライブしてみたのだけど、とても面白い。ポジフィルムでも少し撮影して充実感に包まれる日となった。気構えが気楽であると良い出会いというのも多いのだけど、その出会いが一瞬だったりする。この一瞬の出会い。個人的にもっと大切にしていきたいところである。秋の有明海には多くの出会いが待ち受けていた。あとの出会いを記憶という財布に残して。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。