阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.10 雲海

滝坂次郎

阿蘇紀行Vol.10

 阿蘇の風景を撮るというこの試みも早くもvol.10を迎えた。こうして通年写真を撮ってみて改めて思うのは、自然は素晴らしく美しい。ただ無意識に過ぎていく時間。いざそれを切り取ってみると、日々の変化の著しさに驚嘆する。春夏秋冬という季節の移り変わりも、当たり前のようでいて貴重だ。よくよく考えてみると人間、たった数十回しかそれらを経験することが出来ないのである。きっと数年というスパンを撮り続けてみるとまた違った新発見があるに違いない。

阿蘇の雲海

 春と秋。一日の内の気温差が著しいこの時期は、雲海のベストシーズンだ。そして阿蘇のカルデラ内に溜まる雲海は多くの人々を魅了する。早朝出現するこの雲を見ることを願ってやまない人々も多い。都市部でも濃霧が街を覆う事がある。そんなときに高い場所からその街を一望するならば、きっとこれに出会えることだろう。阿蘇で今の時期に見られる雲海はとても美しい。谷を見下ろせば実りに実った収穫前の田畑。黄色や緑、そんな色の田畑がまた美しいのである。

ススキのなびく


 この季節といえば、やはりお月見。お月見といえばススキというイメージではないだろうか。まさに今を象徴する気がする。こんなに美しいところで月見が出来れば最高なのだろうけれど、もう朝晩の外輪山は寒いに違いない。朝焼けにおぼろげながら虹がかかる。


 山肌を照らす光。ススキをキラッと輝かさせる。街を見下ろすと薄っすらとした雲海。何せ美しい光景である。

夜明け


 朝日が顔を出す。少しずつ雲海が溶けて薄くなっていく。


 朝焼けに映える根子岳。

外輪山にかかる雲


 もっともっと雲がこの谷全体を覆う事もあるのだけれど、その下の田畑がうっすらと見える所がとても素晴らしい。丁度今、阿蘇の道の駅には”新米”が並んでいた。こうした時期であるから、今この光景にきっと価値があるはずである。


 朝日に照らされて雲海が橙色に染まる。


 時間がたつと少しずつ雲が解けていく。それに伴って半島のように山脈が浮かび上がった。

久住にも雲海が掛かる


 外輪山の陰影が浮き上がっており、外輪山の上にも雲が留まっている。この辺りには丘陵地帯が続いている。その大地のしわのような部分にも滞留しているようだ。

阿蘇谷の雲海。初秋。


 日が昇ってすぐの雲海はとても分厚い。雲海。まさしくその言語表現は的確だと思える。ご飯にかけて食べたいくらい。ふわふわとして美味しそうな雲。お釈迦様の顔でもある根子岳と共に撮影した。


 こうしてみると益々涅槃像のようだ。まるで涅槃のお釈迦様の下に敷布団でもあるかのように見える。

薄暮の風景を撮影する

 上記の撮影より一週間。その間台風のため悪天候が続いていた。またこれから天候も下り坂となる中日に薄暮を撮影しに出かけてみる事にした。まだ日が昇らぬうちの撮影は、じんわりと体の芯から冷やされる。しかし、いざ太陽が顔を出すとみるみるその温かさを感じられる。朝からそうした体験をすると心身が清々しく感じられる。一日の始まりの実感は、太陽によってもたらされるのだ。こうした日、天気も心も晴れやかになれる。

星空の下に


 阿蘇から見る星空は美しい。街明かりと星明りの夜。

薄暮の阿蘇谷


 日が昇り始める頃、眼下の街には朝靄が立ち込める。ひんやりとした空気に温かさをもたらしていく。

阿蘇谷の朝


 朝の空気はとても清々しい。早起きしてこうした光景に出くわすと、なんだか一日幸福感に溢れる。

何とも嬉しくなる阿蘇の景色


 阿蘇の雲海の景色を堪能できるのは、朝の特権でもある。こうした出かけ方も結構いいものである。特に素晴らしい出会いがあるならば尚更である。「きっと雲海が出そうだな。」と考えられるときというのは結構あるのだけれど、仕事の都合上なかなかその機会に恵まれることがなかった。今回最良の時期に休みが重なってくれたということもあってとても嬉しいところである。実は今回デジタルだけではなく、ポジでも撮影している。この時の写真をルーペで覗く。そんな事を想像するだけで心躍るのだ。これから秋は深まっていく。一年の中でも変化が著しいこれからの季節もまた楽しみである。

タイムラプス

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。