阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.6 鞍岳

滝坂次郎

阿蘇紀行Vol.6

晩春。若草色に染まり、緑色の濃淡が美しい季節である。しかし鞍岳ではどうにもその様相は異なる。今がまるで晩秋のように錯覚してしまう。それほど美しい色に彩られるのだ。しかしよくよく拝見すると、その色にもみずみずしさが蓄えられている。日光を浴びると眩しく煌く葉。そうしたところに今の季節を感じ取ることができる。

子岳からの登山道を撮影した写真。この中を散策するととても気持ちがいい。春の陽気を全身に感じることが出来る。今でもそうだが、初めてこの季節にこの場所に訪れたときは特に感動したものである。誰にもこの情景を教えたくない。そんな気持ちさえするものである。阿蘇にはそういう場所が数えきれないほどある。それはきっと皆それぞれにお気に入りの阿蘇のスポットがあるに違いない。この場所もそんな場所のひとつになって頂ければと思う次第である。

馬酔木の若葉が映える鞍岳

鞍岳山頂を眺めて


この季節の鞍岳は鮮烈な印象を受ける。そこはまるで晩秋の頃の紅葉のような葉をした群生植物が迎えてくれるのである。その植物は実は馬酔木(アセビ)である。馬酔木の若葉が紅葉のように黄色や橙色に変化し、最終的には緑色へと落ち着いていく。

上空は飛行機のコースなのだろうか。結構飛行機の姿を見る。

馬酔木の中の小道

このように圧縮させてみるとその美しさは格別である。ところでこの日は非常に天気が良く、あまりにも光が強すぎてモヤッとした写真になってしまった。とにかく日差しが強かったせいで帰宅後には首の後ろにしっかりと赤い線が出来てしまっていた。斜めに走る線は登山道で、この中を歩く。

若葉と昆虫

馬酔木の若葉にしがみつく昆虫。美しい葉が照らされる。陽光を浴びた若葉を裏側から見ると美しい。

阿蘇五岳を眺めて

女岳山頂付近から子岳方面を眺める。馬酔木が覆いつくす山肌。とても美しい。実はこの子岳の山頂から更に目線を先のほうに移すと阿蘇五岳が見える。お分かりだろうか。この位置から眺めるとまた壮観である。このとき雲のパースがちょうどよく五岳の方に向かっていた。更に子岳が「あっち」と矢印のような効果となってくれている。そんな光景が面白くて撮影した。

子岳山頂を眺めて

望遠で子岳を切り取るとこのような風景となる。兎に角この季節の馬酔木の若葉は美しい。その一言に限る。

晩春の馬酔木

馬酔木を超広角レンズで撮影。色の変化が面白い。この木は笠(かさ)のようになっている為、木陰で休むとき大きな日陰がとても嬉しい。日差しが強いとはいえど木陰の涼しさは格別である。こうした場所でお弁当を食べるととても好い。多くの人がこうした場所で小休憩している。

晩春の馬酔木

黄色の葉と橙色の葉の間から阿蘇外輪山を眺める。

陽光を浴びる葉

帰りの登山道で撮影。光が差し込むとこのように葉の本来の色を楽しむことが出来る。スポットライトを浴びる小さな木。背の高い樹木に囲まれながらも、太陽はこの若木にも光を与えている。寄らば大樹の陰。賢く強く生きている。

晩春の鞍岳。馬酔木の若葉は格別美しい。

実はこの季節を狙って何度か近くを訪れた。丁度この日に見頃を迎えた若葉。晩春の鞍岳はまた格別である。本当は多少雲があるときのほうが、よりこの美しさを味わうことが出来るであろうと思う。雲の影、太陽の光がこのアセビ樹林を交互に照らしてくれるなら、もっともっと美しさを増すに違いないのである。昨年はこの季節に訪れたいと願っていたものの、熊本地震という災害に見舞われた直後だった。また余震が激しく続いていた頃ということもあって、この場所に赴くこともままならなかった。しかし久しぶりにこの光景を目の当たりにすれば、やはり美しいという他ない。もう少しすればミヤマキリシマの季節。その前に馬酔木の美しい若葉をご照覧あれ。まるで紅葉のような若葉。感動する事この上ない。

帰り際、馬たちも若葉の上で踊っていた。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。