生きとし生けるもの瞬-晩春の鷺コロニー

滝坂次郎

生きとし生けるもの「瞬」-晩春vol.2

何故だろう。何故だか私は鷺という鳥がとても魅力的に見える。熊本は農業県で、田園風景が郊外に広がってる。池や湖も多く点在している。あちらこちらから湧水があり、それを元手に我々の生活が成り立っている訳であるが、そうした水あるところには必ずサギの姿を見ることが出来るのである。サギといえば全国的にも何分珍しい事は無い一般的な鳥である。「アオサギ撮って何になるの。」と思われる事も致し方のない事である。しかしその一般的な鳥の種類やこれほどまでに美しい色彩をしているという事さえ、私は無知であったわけである。写真をしていると様々なものにスポットを当てるようになる。それは極身近な通勤の合間に見る草木や花に感動してみたり、そんな事も増えるような気がしている。そうした発見は感動に繋がる。ただそれだけでさえ写真を撮ることに意味を見いだすところなのである。ここに記す鷺の記事は私にとっては、多くの感動譚のうちの一つだ。

鷺のコロニー

ホップステップ

多くの鷺たち(いろいろな種類)が同じ”屋根の下”で暮らす鷺のコロニーは夕暮時になるととても賑やかである。ある集団が到着するごとに位置を少し変えたりする。その度にステップダンスでもしているかのようである。

夕陽に照らされて帰巣する群れ

夕暮時、とても美しい集団が帰ってくる。

アオサギ

今ここにアオサギも舞い降りた。サギの中でもひときわ大きな体躯を持つアオサギ。

アオサギはコロニーの中では目立つ存在である。傍らにはアマサギの幼鳥の姿もある。この時期鷺たちは子育てに追われ、6月までが育雛期間である。

あるアオサギは対岸を往復したりとしていた。この鳥の場合単独行動が結構多い気がする。

材料を運ぶサギたち

多くのサギたちが往復を繰り返して何処からともなく木の枝などを運んできていた。

身の回りを整えるダイサギ。サギの種類は多いのだが、コサギ、チュウサギ、ダイサギという種類はとても面白い。大中小という種類の名前、なかなか見ないのではないだろうか。更にダイサギにも、オオダイサギやチュウダイサギなどが居て、夏羽冬羽などがあるので、結構見分けにくい。

ダイサギ

水辺を滑空するダイサギ。

何やらこの姿を見ていると、鳥が恐竜の子孫である事をうかがわせる何かがある。

体は大きいのであるが、ふんわりと柔らかに着地する。枝もほとんどしならない。新体操ならば拍手喝采の名演技である。

コロニーの中での営み

アマサギの顔は今の時期とても美しい色をしているものもいる。寄り添ってつつきあったりしていた。

まるで孔雀のように飾り羽を震わせるサギがいた。

ゴイサギと何の鳥だろうか。幼鳥らしきものがいた。ゴイサギは夕暮時、多くの鳥たちがホップステップを繰り返す中、片時も動かずじっとしている。彼らは夜行性なのでこれからの時間の出勤である。

浅瀬での給餌

近辺の浅瀬では、給餌するサギたちも。走ってジャンプして嘴を水中へ突き刺す。

帰巣するサギたち

そうした長閑な光景を尻目に、アマサギたちは集団で帰巣する。

鷺のコロニー

この日は鷺のコロニーを少しだけ覗いてみる事にした。サギには多くの種類が居て、しかしその寝床は同じであるというのが猶更面白い。アマサギなどは渡り鳥らしく群れになって行動するかと思えば、アオサギなどは殆ど単独行動を繰り返している。昼には彼らが行動していたかと思えば、ゴイサギは夜になってから行動する。こうしたサギたちを見ていると、彼らに社会性をみる気さえするのである。これからも彼らの生態を注目していきたい。丁度サギにとっては5月から6月などは雛の生育に忙しい期間。また眼のふちを彩っていたり、嘴が鮮やかだったり、その美しさが一段と際立つ季節なような気もしている。

生きとし生けるもの瞬-晩春の鷺、燕の飛翔

2017.05.16
▲vol.1 サギの飛翔の風景はこちらに掲載している。またこの時期のツバメの姿も一緒にどうぞ。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。