生きとし生けるもの瞬-晩春の鷺、燕の飛翔

滝坂次郎

生きとし生けるもの「瞬」-晩春

新コンテンツとして、「瞬」を作ってみる事とした。風景というより、その時々の生命の営みを綴ろうと考えた訳である。しかしそのように考えてみれば、植物でいう所、花が咲くころが輝いて見えるが、花の咲かない時期もその植物にとってはまた営みである。そうした時期を無くしては、花を咲かせる事すら出来ないのだ。ここでは、その時期、その季節の生き物がどのように過ごしているかを捉えてみようと考えている。野鳥も冬羽、夏羽が違えば、体の一部の色が違っていたり、子育てシーズンかと思えば、渡りのシーズンだったりする。その時々のその姿を捉えてみる。そうして我々、いや私が様々な時間軸の中に身を浸している事を実感できる。そのようなコンテンツとなれば幸いである。

子育て真っ最中のツバメたち

ピーピー合唱隊

つばめの雛が、親鳥から餌をもらわんと大きな声で叫ぶ。「ピーピーピー」一番大きな声で叫ぶものが勝者となる。生存を賭けた一途な合唱である。さてどの雛が一番大きな声を出せたであろうか。

休む暇もなく餌を持ってくるツバメ

ひっきりなしに親鳥は往来して食べ盛りの雛たちに餌を与える。飛び立つ瞬間のツバメ。この辺りには多くのツバメの巣が完成していて、ヒナたちが声を上げてた。親鳥が飛び去るとひっそりと鎮まるヒナたち。

一日のうち300回以上にも登る親鳥からの給餌。

警戒を怠らない親鳥たち

撮影中にもカラスが3羽ほどこの周囲を飛び交った。しかしツバメたちは10羽以上この辺りに居て、体が小さいにもかかわらず、カラスたちの周りで急旋回を繰り返す。ついには追い返すことに成功していた。

声を上げる親鳥

時にはカラスに襲われ、ヒナたちが連れ去られたり、巣が破壊される事もある。人家に巣を作るツバメは人間と共存してきた象徴的存在で、カラス、イタチ、猫、ヘビなど様々な外敵が常にツバメの脅威となり得る。よって親鳥が外敵を知らせる声を上げたときは、人の手を借りることを期待している。雛が孵化して巣立つまでの約3週間。片時も気が抜けない親鳥。

【飛翔】コロニーへ帰巣するサギたち

帰巣するアマサギ等

今回は帰巣するサギたちを流し撮りしてみたのだが、多くの編隊がコロニーへ帰参していく。上記の写真は全て違う集団で、彼らの帰巣は壮観である。どこにこんなに鷺たちが隠れていたのだろうかと不思議に感じるほどである。そういえば、先々で見かけるのはアオサギが多い気がしている。しかし群れで帰巣するとなると、アマサギばかりを見かけるような気がするのである。おそらくその生態にも少なからず違いがあるのだろう。

約70羽の大編隊(パノラマ写真あり)

大編隊ともなると70羽程度にもなっている。その規模は圧巻である。上記はその大編隊を撮影したのだが、あまりの多さに集団の前方だけを撮影している。

上記はパノラマ写真で、長い列になって帰ってくる。是非クリックして見られたい。

コロニーへの帰巣する姿を別角度から

鶴翼の陣で飛んでいくサギ。様々な隊形で飛んでいく。鳥たちは急に方向転換したり、隊列を変形したりと見ていると変化に富んでいる。

飛行する姿は優雅である。こちらに向かって飛んでくる姿も美しい。隊列を組むと、まるで一つの大きな鳥になったような姿である。

ミクロに相当する私の視点。アーカイブス。

今回はサギやツバメに注目したが、ここでは動物、植物など生き物全般について著したい。コンテンツでいうところの「紀行」がマクロ的な視点でみる自然であったとするならば、この「瞬」はミクロ的視点に相当する事になるだろうか。これから更に足元や頭上にまで注意を払い、多くの出会いに感謝していきたいところなのである。機材もある程度揃った今だからこそ、更に視野を広げていきたい。自然というのは全て完璧な被写体であれど、それを見逃しているのは「私」なのである。魅力ある自然を少しでも私の心の中に、そして頭の中に、そして目の奥にしまっておきたいところである。せめてほんの少しでも巡り合えた私の好き出会いをここに記す。

鷺を撮っていると、カニが足元でもそもそっとしていた。その姿も可愛らしい。


生きとし生けるもの瞬-晩春の鷺コロニー

2017.05.18
▲鷺のコロニーに密着した記事。晩春。コロニーはおお忙し。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。