阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.3 杵島岳

阿蘇紀行Vol.3

 阿蘇は遠望が開け、その大地の広がりを感じられる場所だ。私はこの地が近くにあってとても恵まれていると思う。今回はPM2.5や黄砂が少ない。また晴れ一時曇りという絶好の機会に恵まれた。こうした条件下では阿蘇に行くことを決めていた。朝方、よき出会いに期待して珈琲をすすり、心を落ち着かせてから出かけることにした。昼食は阿蘇の道の駅で購入したお弁当。そこは未だに素晴らしい表情を讃えているにもかかわらず、人々の足を明らかに遠のかせている。

滝坂次郎

熊本地震の影響が残る登山道

 この日、震災後初めて草千里駐車場に車を置き、そこから杵島岳に登った。震災後の登山道がどのようになっているか気がかりであったが、行ってみて心配が安堵に変わった。ただし往生岳への縦走ルートは土砂崩れなどにより通行が禁止されていた。それでもこの杵島岳の魅力はそう易々とは変わらない。

杉林の迷い人

杉林の光EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/40秒

 杉林。2月の杉は花粉を飛ばそうとしている。紅葉のように赤くなった杉。その杉は花粉を今にも飛ばそうと雄花が開ききっている。赤い杉が点在する林の一角に異なる木々も混在している。そんな木を光が照らしていく。

杉林EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/30秒

 赤くなった杉が一面を覆いつくす。その一角に異なる一筋の流れを見つけた。太陽はやさしくその一角を照らした。この日は雲の流れも速く、その間隔もとても塩梅が良い。到着して間もなくこうした魅力を発見できていることに満足感は充ちていく。

ひょっこり顔をのぞかせた米塚と馬酔木

米塚の山頂部EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/250秒

 中岳は活火山であるが、その衛星火山の一つがこの米塚である。実はこの日、杵島岳を縦走して、そこからこの小山を撮影しようと考えていたのであるが、この場所からしか撮影する事は出来なかった。なぜなら縦走できていた登山道が通行禁止となっていたからである。しかしこの場所から撮影した米塚もとても美しい。米塚のような形をしたアセビ。

白きススキが魅せる/氷の羽根

白きすすきEOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/200秒

 山頂部には同様の羽根がいくらでもあった。それらはヴァイオリンの弓のようにも見える。日光が当たると時々キラッと輝く。時折吹き荒れる突風にあおられて、ガサガササワサワっとメロディを奏でていく。どうやらこれは天然のオーケストラのようだ。 

氷の羽EOS 5D Mark IV/EF100mm F2.8L マクロ IS USM/三脚/ISO100:F5.6:1/2500秒

 杵島岳に登り始めると標高が上がるにつれてススキの穂が凍り付いていた。山特有の強風によって横に伸びた氷。どうやらこれは天然の羽根のようだ。撮影するにもその強風によってかなりの速度で揺れ動く。これが静止する時間など片時もない。しかし細い茎は、その強靭なしなやかさで力を吸収していく。 

中岳噴火口を望む/濛々と立ち上がる噴煙

中岳噴火口を望むEOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/三脚/ISO100:F16:1/125秒

 山頂で道の駅あそで購入したご飯を食べる。自然の中で食べるご飯は最高である。そしてこの眺めをおかずに食べるのである。山頂部からは中岳噴火口をこのような形で眺めることが出来る。この先は断崖絶壁。崩落している箇所である。その個所からは湯気のような砂煙のようなものが、あちこちから噴出していた。自然のそのような姿は明らかな戦慄を背筋に感じる。

  火口は白煙が湧きたち、中腹を火山灰が覆い、ようやくその下に植物が密生。不思議な事に規制線が貼られている訳でもないにも関わらず、植物は位置を確認し、線を引いたように生息している。

噴火口の三段活用EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/160秒

嗚呼美しき/馬酔木の森

土砂崩れEOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/40秒

 土砂崩れは植物の生えている場所も破壊してしまっている。その斜面は凍り付いて白い。ここでは自然の美しさや寛容さと厳しさと力強さを同時に感じる。

アセビの群居EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/60秒

 眼下に目を移すと斜面にアセビが群生している箇所を発見。まるで晩秋の紅葉のように様々な色彩がその地を埋めていた。密生地を選び、圧縮させて撮影。植生が豊かな阿蘇は多彩な魅力が備わっている。浮き出た山脈。その陰影が立体感を生んでいる。

アセビEOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/60秒

 アセビが生い茂る斜面に大きな木が立っていた。その存在感は大きく目を奪われる。そういえば私の写真は阿蘇を撮影しているというよりは、阿蘇での素敵な出会いを撮影している感覚だ。例えばアセビはこの場所でなくても生えているものである。しかし、厳密な意味でこのアセビの風景はこの場所にしかないのである。

収穫された大地の恵み

収穫された大地の恵みのデザインEOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/三脚/ISO100:F16:1/200秒
 大地からの恵み。原野で刈り取られた牧草。そうして丁寧に綺麗に刈り取られたあとの風景。これは人々の営みと自然が生み出す造形だ。

…その造形美は自然と人とが織りなす調和によって出来上がっていた。-阿蘇紀行 Vol.14 より

阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.14 野焼き前

2018.03.08

大地のしわ/深く刻まれている

傾斜の業EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/100秒

 大地にも多くの皺が刻まれている。こうした”しわ”が傾いた太陽によって浮きだたされていく。私は写真で多くの事を学んだ気がしている。その一つは、いつもと変わらぬ日常と思っていた部分に大いなる変化が隠れているという点である。それは秒単位、分単位、時間単位、日単位、月単位、年単位…の変化である。多くの変化の中にいつも居合わせていたのだ。その時の魅力はあらゆるところに隠れているはずなのだ。そしてその変化の中に居合わせる事こそが、”仕合わせ”という事なのであると感じている。

モノクロームの世界/原野・噴煙

モノクロの原野EOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/三脚/ISO100:F16:1/200秒
 
阿蘇EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/160秒
 
  モノクロの原野も美しい。質感を表現したいと撮影。噴煙が険しい山々を柔らかなベールで覆い隠していく。その空気の柔らかさと、斜陽の光によって浮き上がった険しい山肌の対比(コントラスト)を撮影。

私をいつも歓迎してくれる大地。阿蘇。

ここ杵島岳では凍えながらもタイムラプスを撮影してみることにした。

 私は写真は「出会い」だと思うようになった。多くの出会いは偶然と必然の上に成り立っている。この日は明らかに様々な条件や環境が整っていて、いい出会いに恵まれるであろう場所を選んだのである。しかしどんな出会いが待ち受けているのかまでは定かではない。そのように人の出会いもまたそのような部分があるのではないだろうか。

 それに様々な日照条件や天候、時期などあらゆる諸条件によって、そして見る人の条件によっても、また大きくその魅力も異なる。私は、こと写真に関してのスタンスは写真を撮る者としてはストイックさに欠けるものである。朝早く起きる事、早く出かける事を躊躇う事も多いのだ。(もちろんいい出会いの為に起きることもあるが。)だからと言っていい出会いがないとは言えない。多くの場合、その瞬間の一瞬の煌きをいかに見つけるかということがとても重要になるのだと感じている。

 例えば、フランスにはフォアグラという食材がある。人為的にガチョウを腎肥大にさせてその味を堪能するというものだ。そしてそのフォアグラ。途轍もなく美味しいものなのかもしれないし、その味を否定しようとも思っていない。しかし私は味噌や納豆のように、その環境に応じてその日その日の味が異なるという自然が作り出した食材に魅力を感じたのだ。つまり、フレンチのコース料理。メインのフォアグラ。そういう写真ではなく、いつもと変わらぬ食卓。異なるのは普遍的な味噌汁の今日の味。そういう素朴な魅力を追い求めたいと思うようになった。

 多くの魅力ある写真が世界には星屑のように存在している。また多くの魅力ある料理が存在している。それらを見たり味わう側としては全てが意義あるものなのである。ただし撮り手、作り手にはまた別のスタンスがあってもいいのかもしれない。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。