【さろく旅】長崎・池島。四方山の眺め。アパート群をさろく。/番外編

池島小中学校の裏山には池島神社がある。池島神社の側道はものすごく急こう配で登るのもやっとやっと。そしてロープを引っ張りながら登っていくと、頂上らしき場所には貯水タンクがあるのである。貯水タンクを左巻きに歩いて行くと森の中に入っていく獣道のような道があり、そこを更に登っていくと頂上に登ることが出来る。そこからの眺望は最高だ。実は前日夕方にも登ったのであるが、貯水タンクまでだと思い、眺望が得られず引き返したのだ。池島中央会館のスタッフの方から教えて頂いてようやく明朝に登ることが出来た。ここにも猪が出るのであろうか、罠設置危険の看板が多く立てられていた。

森末はじめ-銘滝坂次郎-銘

かあちゃんの店。池島の展望。

上バー “かあちゃんの店”でチャンポンを食べる。
下バー

猫
ツアー解散から少し休憩をはさみ、お腹もすいてきたので「かあちゃんの店」で夕食を頂く。実は宿泊の際、「念のために電話しておいてくださいね。」と中央会館の管理人の方に言われていたため、数日前に夕飯を頂く旨電話をしていた。

かあちゃんの店
ここには多くの猫が毎日集まってくるようだ。窓越しの猫。行き来のために何度かドアを開けたのであるが、中にまでは入ってこようとしない猫たち。

かあちゃんの店-ちゃんぽん
このチャンポンは絶品である。ツアーガイドの方も「かあちゃんの店にいくなら、チャンポンと皿うどん美味いですよ。」と言われていた。その為チャンポンを頼んだのであるが、確かに美味い。

母ちゃんの店
店の壁にはいろんな人がここを訪れた形跡が残っている。

池島・かあちゃんの店
この食料センターというところに一軒だけ入っているテナントがあり、そこがかあちゃんの店。

上バー
 四方山からの展望。
下バー

貯水タンク
四方山の上にある貯水タンク。

池島
翌日、四方山に登る。朝のフェリーで帰るつもりであったが、ここの眺望がよかったのでお昼前まで滞在することにした。

池島
乱立する団地。

池島
松島の火力発電所を眺める。

池島
光が海面をやさしく照らす。自然のこうした光景はなんて美しいのだろう。

池島
海面をスポット光が照らしてゆく。

その光をタイムラプスで撮影。とても綺麗な時の移ろいである。

池島
鳶が第一竪坑をぐるんぐるん回っていた。ピュロロロロロロ。

池島・眺望アパート
八階建てアパート。

トビ
鳶は気持ちよさそうに飛び回っていた。トビの飛び方は、スーーッと降下してフワーーッと上昇していく。完全にグラインダーの飛行の仕方である。

鳥居
四方山の麓には池島神社。

神社
には山ノ神が祀られていて、年に一回お祭りの神輿がここから出発する。

上バー
 アパート群の狭間をさろく。
下バー

池島・アパート群
山を下りてからアパート群へ。この坂を上って行った一番高い場所に社長宅がある。

蔦が張り巡らされる
使われていないアパートは蔦にのみこまれそうになっている。

蔦パイプ
ガスパイプも蔦に飲み込まれていた。

猫
写真を撮っていると猫がこちらへ近づいて様子を見ていた。

蔦のアパート
自然はこうして人工物を果てしなく呑み込んでいく。

窓が並ぶ
窓の規則的な配列が美しい。人工物と自然の対比。

ケガした猫
ケガした猫に出会う。猫同士の喧嘩だろうか。

面影ない
アパートの面影がない程その姿を覆い隠す。

乱立
多くのアパートがもう使われていない。取り壊すこともできず、その姿を残している。

猫
ここは猫の遊び場となっている。

廃車
廃車があったが比較的新しい。

アパートの入口
立ち入らないアパートは猛烈に茂っている。

背の高い草とアパート
背の高い草に行く手を阻まれる。

窓
人口減少が始まった日本の未来を示しているようなアパート群。等比級数的な人口減少時代を迎える日本の課題を示す。

猫とアパート
アパートは猫たちの遊び場になっている。人のいなくなったアパートと増え続ける猫。

こちらを見る猫
猫はついてきたかと思えば振り向くと立ち止まるを繰り返す。近づくと離れていく。

上水道のパイプ
張り巡らされたパイプ。これが上水道。

公衆浴場
使われなくなった公衆浴場。

浴場の扉
使われていた頃の面影は残すものの、今にも草に覆いつくそうとしている。

一輪の花が差していた
アパートの一角にアロエの花が咲いていた。

上バー
 いよいよ池島を去る。
下バー

トリンマーを眺める
埠頭からトリンマーを眺める。

火力発電所を眺める
埠頭から火力発電所を眺める。

ジブローダーを眺める
埠頭からジブローダーを眺める。

池島を去る
池島を去りゆく船上から撮影。

巨大な船
作業船が活動していた。

池島全景
さらば池島。

光る海
海が光っていて島を照らす。

カモメ
松島へ向かうカモメ。

雲
曇り空の間を縫って光が洋上へ差し込む。

多くのアパートが残る池島

池島は明らかに限界集落の一つである。この街はそれにしても余所者にやさしい島であると言っていい。ここに暮らす方々は大抵笑顔で色々教えてくれる。よく考えてみると、炭鉱労働者というのはそもそもが全国各地から集まってくる余所者であった。しかも少し前まではその多くの地域より「都会」であったと言えないだろうか。ここに遺されたアパートというのは多くは取り壊す採算性がとれずやむを得ない状態となっている。そこで発想転換としての観光資源であるのだろうか。

ところでここ池島は、圧倒的に過疎化が進んだ場所である。日本の人口はこれから減少していく一方であり、日本全国が迎える課題を示すものである。池島では医療や教育の運営すら難しくなっているのである。それでも長崎市と合併したことで、行政サービスの維持を多くを他地域からの援助に頼る事が可能となった。しかしそれを支える屋台骨も少しずつ少しずつその規模を縮小していくのである。アウグスト・シュレーゲルは「歴史家は過去向きの預言者である」と言っているが、まさにこの言葉が切実さを増しているのではないだろうか。ここ池島の現状は、我々が住む地域々々の姿を一歩二歩先に指し示すものであって、我々に関係ないところにあるものではないのである。我々が現在受けている行政サービスも今後当たり前に受けられるものではない事を如実に示すものではないだろうか。そうした事を一人びとりが考えていく課題と捉えていいのかもしれない。

池島の旅。全編は下記をクリック。

【さろく旅】長崎・池島。オプションツアーで立ち入り禁止を闊歩!/後編

2017.02.13

【さろく旅】長崎・池島。体験型の見学ツアー、ついに炭坑内部へ。/中編

2017.02.09

【さろく旅】長崎・池島。日本の炭坑技術の粋を今に遺す有人島。/前編

2017.02.07

私は池島でとある本を思い出した。黒部川ダム建設に国家事業として勤しんだ者達がいる。そこので壮絶な体験。それはこれまでの炭坑労働でも同様のものであった。池島では戦後の開発であったこともあり安全管理を重視したが、それ以前の炭坑は生と死がより明確な労働環境であったという。海底トンネルの落盤事故は日本史上、その犠牲者を幾百、幾千と生んでいるのである。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。