【さろく旅】長崎・池島。オプションツアーで立ち入り禁止を闊歩!/後編

前回のあらすじとしては、坑道内部へ入り様々な体験型のツアーをして頂いた。さるく旅で予約しなければ炭坑内部へ入ることまでは出来ない。今回はその後2時間のオプションツアーを続けてして頂く。街中を走るコミュニティバス(ワゴン車)は何処まで行っても100円。ただしお釣りなどは無いように100円玉を用意しておきたい。オプションツアーでも利用するバス。行きと帰りで2度ほど乗車する。まずは港前にあるコミュニティバス停でガイドさんと待ち合わせ。とても流暢なお話で笑い話も交えてくれる方だった。

森末はじめ-銘滝坂次郎-銘

池島+オプションツアーで立ち入り禁止を闊歩!

【さろく旅】長崎・池島。日本の炭坑技術の粋を今に遺す有人島。/前編

2017.02.07
前編では、池島到着(全景)。火力発電所などを収録している。

【さろく旅】長崎・池島。体験型の見学ツアー、ついに炭坑内部へ。/中編

2017.02.09
中編では、池島さるくというツアーを収録。池島炭鉱内部を見学。

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 コミュニティバスに乗車。そこからいよいよアパート群へ。
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アパート
最初は火力発電所を通過して、第一竪坑前で降ろされる。その前には多くのアパート群。この周辺には以前、カラオケ、ボーリング、パチンコ、映画館などあらゆる娯楽施設までそろっていた繁華街だった。その後このアパート内へ案内される。

アパート階段
内部は”THE団地”といった作りだ。友達の家に遊びに行ったような感覚だった。

安眠中
ドアにはこのような掛札が垂れさがっている。24時間3交代制で行われていた鉱山労働のため、労働者がいつも誰かが就寝中だった。子供たちが騒がぬように。

居室
中は土足で入って良いとのことだったが、どこか申し訳なさがある。そこには当時の家の模様を再現されていた。

テープ
音声を再生するもの。当時は相当高かったようだが、そこは炭坑労働者。相当な収入を得ていた為、当たり前にこういうものが買えていたようだ。

窓
窓から外を見ると向かいの家が見える。

キッチン
以前のキッチン周りも再現されていて、実際に使われていたキッチン。だからこそ使われていた面影を今に遺す。

ライト
天井のつりさげ式ライト。

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 アパートの屋上へ。360度、全面に広がるアパート群。
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屋上へ
そこからベランダへ出て屋上へ行く。展望のいい場所に出た。多くのアパート群を一堂に見ることが出来る。

みぎななめ
周囲を見渡してみる。奥に見える山と貯水タンク。あそこがボタ山である四方岳。ちなみに頂上まで登ることが出来る。

後ろ
第一竪坑を見る。基本的にこの竪坑は排気用として使われていたようだ。3つのカゴが循環していて、石炭。機材。人材。と何かを載せて運んでいた。

後方
あの白い建物が池島アーバンマイン株式会社。現在倒産した会社。廃材から新たに鋳造しなおす会社だった。

左下
下を通る黄色のワゴン車がコミュニティバス。ここ池島には最大で7000人の人口を抱え、100を超える棟数の団地があったそうだ。

シール
屋上から階段をおりていく。ドアに子供が貼ったのだろうかシールが貼られていた。以前から残されているものらしい。

窓より
階段の窓から外を見る。

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 蔦に飲み込まれるアパート。人のいなくなった居住空間。
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歩く
アパートを下り現在も使われている銭湯前。この上のパイプは以前使われていた上水道。夏のガス代が安かった背景にはこのように露出した配管があった。

配管
配管はずっと伸びている。右側にはツタのアパート。

ツタのアパート
このツタのアパートはこの観光における見どころの一つのようで、「この前で記念撮影しませんか?」とガイドさんからも尋ねられたほどだ。実際アパート群は蔦に覆われ始めている箇所が多くある。

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 社長宅まで移動。現場で陣頭指揮を執る社長の住まい。
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アパート
当初赤色の壁だったのだろうか。塗装が剥げている。

アパート
周りが海に囲まれている為、潮風に日々曝されている。島特有の劣化の激しさかもしれない。

坂道
こうした坂道をずっと登る。登ったほうのアパートは課長、部長級のアパート群だ。中の間取りも広く、お風呂までついている。一般社員の社宅にはこうした個人風呂はついていない為に、「はやく昇進してお風呂がほしい」と家族に言われていたそうだ。

社長宅
ここは社長宅。坂を一番登りきったところにある平屋だった。この前には朝から黒塗りの車が迎えに来ていたということだった。池島の場合は陣頭指揮を社長がとった。その為三井松島産業株式会社・本社のある福岡に社長は不在だったそうだ。

慰霊碑
鉱山には犠牲者がつきもの。だからこそこうした慰霊碑を社長が建てたそうだ。ここは社長宅からもう一段上がった場所にある。少し暗がりで開けた場所。恋人の聖地だったそうだ。場所取りが大変だったというガイドさんの話もあった。

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 展望所を下り、第二竪坑へ向かう。
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第二竪坑
奥の建屋は第二竪坑。普段は立ち入り禁止となっているが、このオプションツアーでは入る事が可能だ。

海
何も遮るものがない海。ここから見る海は地球が丸いを証明しているようだった。

アパート
そこを少し下ったところにあるアパート。植物に埋もれ始めている。

配管
こうした配管も撤去しなければならないと言われていた。松が印象的だったので撮影。

階段をおりる
この階段を下りてくる。

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 8階建てアパートの裏へ。渡り廊下を備えたモダン建築。
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八階建てアパート
八階建てアパートの裏。このアパートはエレベーターなどはない。その為高低差を利用した仕掛けが用意されている。

渡り廊下
この渡り廊下である。ここはちょうど中間である4階に位置している。

渡り廊下
現在は危険のため、立ち入りが出来なくなっている。ここは引っ越しなどの搬入トラックがバックしてギリギリまで入れるほどの場所だったそうだ。

イノシシ
猪が掘った穴。猪は木の根を掘り返して食べるそうだ。以前より猪の問題が出てきている。その為現在の観光をしている会社の社長が駆除の資格をとって罠の設置なども行っているそうである。以前150キロほどの猪も捕獲したとのこと。この猪たち、隣の松島から泳いで渡ってきたとのことだ。

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 第二竪坑へ向かう。心臓破りの階段を下る。
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第二竪坑へ
ここから下って行く。先ほどの第二竪坑を目指す。

_MG_8516a
ご安全に。いってらっしゃい。

第二竪坑裏
第二竪坑裏に到着。建物の印象がまさに学校という感じだった。

道
右回りに建物を迂回。この道を歩いてくる。

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 大浴場を見学。
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右回りの道
暫く歩くとボイラーが見えてくる。

立つ場所
ボイラーの横には乗れる箱があり、ここに乗って中を覗いてくださいという事だったので覗いてみる。

浴場
そこは浴場。こんなにも広い浴場があろうとは。ところでここに一度入ってしまうと、他所の温泉が狭く感じてしまうそうだ。

洗い場
とても広い洗い場。体を先に洗ってしまわなければ浴槽には入れないというルールもあったそうだ。衛生管理には気を使っていたとの事。

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 第二竪坑正面入口へ。
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裏
裏から見える第二竪坑建屋。

表
表に出る。こちらは駐車場などもある。前には女神像がある。「同じポーズで写真を撮ってみましょう」。この駐車場には高給取りである炭鉱マンたちの多くの高級車がとまっていたようである。

山
裏の山は随分と鬱蒼としていた。

すすむ
入口の方に進む。ここはもう老朽化が進んでおり内部には入れない。危険なため近々取り壊す可能性を示唆されていた。

親子像
坑口には親子像。小学校に赴任した先生がモデルとされているが真偽のほどは不明。この下のスペースは掲示板として使用されていた。

外から
不思議な入口のようなものもあった。

第二竪坑全体像
第二竪坑の全体像はこのようになっている。雲一つない日本晴れだった。

_MG_8559a
再びこの道を戻る。実はとても長い階段が待ち受けていて容赦なく運動不足の足と心臓を粉砕してくれた。そして登り終えたところ。「ごくろうさん」

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 モダン建築。八階建てアパート。
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八階建て
戻ったところで再び下り、今度は八階建てアパートの正面へ躍り出た。

八階建てアパート
八階建てアパートの形はデザイナー住宅のような様相を呈していてモダンなつくりをしている。

お風呂
一階は公衆浴場となっていてこの下が女湯のようだ。覗き防止に木の板の目隠しが設置されている。男湯にはほとんど人は入らなかったようだ。なぜなら仕事終わりには坑口で入浴してくるし、残りの自営業者や青少年が主にこうした公衆浴場を利用していた。

八階建てアパート
ガイドさんは先輩とかけっこしてこの8階建てを駆け上がっていたそうだが、心臓破りだったそうだ。

上と下
上下で色彩が異なっているように見える。しかし本来同じ色だったようだ。下の方は元の色を残していながら、上部は風雨にさらされ塗装が完全に剥げてしまっている。

_学校
そこから大きな道沿いに下って行くとすぐに学校グラウンドへ。このグラウンドは草野球チームが対抗戦などをしていたそうで、この道から観戦していたそうだ。予約すると無料で使えていたとのこと。

バス停。
このバス停からコミュニティバスに乗って港まで戻ると終了だ。私たちは泊まりだったためこのまま宿へ戻る事にして、道具は車で取りに後から赴いた。

野生化する団地

猫
人が入らなくなるとこうも早く野生化していくのであろうか。自然へ徐々に徐々に還っていきつつあるアパート群。その姿を見て嘆く地元の方々。生まれ育った故郷が荒廃していくのを見るのはつらい部分があると思う。しかし同時にこうした状況を憂うばかりでなく観光資源として取り入れつつある池島に脱帽する。第二竪坑をはじめ立ち入り禁止部分にも足を運ぶことが出来たが、これも貴重な体験だ。実はまだまだアパート群の写真は残り残っており、全貌をお伝えできていないと考えている。そこで番外編として2日目の帰還までを綴りたいと思う。

【次回】山頂からの八階建てアパート!そして、まだまだあるアパート群の写真も!

【さろく旅】長崎・池島。四方山の眺め。アパート群をさろく。/番外編

2017.02.22
番外編ではまた多くの猫たちに触れ合うことが出来た。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。