阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.1 北外輪山

滝坂次郎

阿蘇紀行

紀行は【さろく旅】と違った趣向で記事を書きたいと思う。震災があってからというもの、あれほど好き好んでいた山歩きに行く事さえ億劫になり、阿蘇に行く事さえかなわなかった。勿論車を走らせれば数十分の距離ではあるし、休日になると阿蘇に勝手に足が向いていたという程だったのに、何故だか阿蘇からその足が遠のいてしまっていたのである。今回はそうした失われたものを取り戻すいい機会となった。写真を撮っていると時に体調が悪かったとしても、そのことさえも忘れ撮影に没頭する自分がいる。とくに自然を撮って歩いているとその環境とその行為すべてが私を満たしてくれる。つまり体調が好転するのである。大人になって心底楽しいと思える行為に没頭できるなんてどんなに嬉しい事であろうか。

私が阿蘇へ行く際の参考にするサイト

ところで阿蘇に行く際に私が参考にしているいくつかのwebサイトがある。先にこれらを紹介。

【個人ブログ】阿蘇365季 by 春雪
【ライブカメラ】ミルクロード
【ライブカメラ】県道28号(俵山トンネルルート)
【ライブカメラ】古閑の滝

冬の阿蘇

冬の阿蘇EOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/三脚/ISO100:F16:1/320秒
久しぶりにミルクロードを通ってそのまま外輪山を縦走ドライブ。震災後4月から数えて約9か月ぶりに訪れた阿蘇は今も変わらなかった。その雄大な自然は今もそこにあり、見る者を魅惑のるつぼに引きずり込む。1月の牧野の草は刈りこまれていた。この日はとても風が強く、縦横無尽に雲が走り回り、雲集霧散を繰り返していた。光と影の点在する牧野は、その光景をより豊かにする。光あるところすべてが主役である。自然というのは全てが完璧な被写体だ。ただそれを見逃しているのは私自身ではなかったのか。そうした事を思い出すのである。

下界の営み

下界EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/100秒

外輪山よりカルデラ内部の下界を見下ろす。国道57号線は主要幹線道路であったが、今はその賑やかさを失っている。冬は空気が比較的住み渡り遠望も良好だ。私はこの空気感が好きだ。確かに色が躍る季節ではないが、トーンが落ち着く気がする。それと同時にそれぞれの形状に目が吸い寄せられるのである。田畑は農閑期を迎えてはいるが、来たる農繁期に向けて英気を蓄えていた。光が田畑を全体的に包み込み、穀物貯蔵(カントリーエレベーター)を照らしたとき撮影。

外輪山と集落

外輪山EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/100秒

外輪山と阿蘇谷の集落。外輪山は切り立っている。阿蘇の場合、カルデラ内部に田園が広がり、一部に集落がある。その外側に杉林が広がり、外輪山や阿蘇中央部に草原が広がっている。田園集落<杉林<草原というように段階的に広がっていて、草原と田園の緩衝を里山・杉林が成しているように感じた。自然のすぐ隣に人々の営みがあり、この対比も面白い。私は上部が照らされている「外輪山を撮りたい!」という衝動にかられた。外輪山の麓の集落に同時に光が当たったところで撮影。外輪山の恵みが人々の生活をも潤し養っている。それが写真によって表現できていたとしたら幸いだ。

断崖の節理

断崖EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/30秒

九州北部豪雨により阿蘇は土砂崩れが深刻化した。そうした土砂崩れの跡も今回の熊本地震によってさらに拡大しているようだ。崩落した箇所に光が当たってその様相を浮きだたせる。大きな岩盤・巌がむき出しになっていた。こうしてみると外輪山が柱状節理に覆われているのがありありと分かる。阿蘇全体が火山であった歴史を彷彿とさせるのである。ちなみに柱状節理は熊本、大分、宮崎の色々な場所で見ることが出来る。どれほどまでにこの山が地域の環境に大きな影響を及ぼしていたか、いや現在まで及ぼしているのかが分かるものでもある。

阿蘇谷

阿蘇谷EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/100秒

阿蘇のカルデラの中には町が広がっている。この場所はカルデラ北部の阿蘇谷と呼ばれる地域であるが、現在平地に見えるこの場所は大昔の火口の一部であると考えると、その規模の大きさに圧倒される。周りを取り囲む外輪山は、その淵であるということだ。よく阿蘇山といった場合に火口付近のみだと考えられがちであるが、実はこの広大な地域すべてが阿蘇山である。噴火前の推定標高は数千メートルあったと考えられていて、富士山より高かった可能性もある。

しかくかく

しかくEOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F16:1/60秒

田畑はとても綺麗に区画整理されていてとても面白い。田畑は自然と共に暮らす人々というイメージがあるが、このようにみると人間が最初におこなった自然破壊が耕作だったというのも頷ける。これは通常自然では考えられない形ではないだろうか。だがそこに営みが感じられる。ぬくもりがある。

阿蘇谷の夕暮

阿蘇の夜景EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO400:F16:6秒

夕暮の阿蘇谷を撮影。噴煙を上げているのは阿蘇中岳。阿蘇山の中央部に位置しているが、あの山の向こうにも阿蘇谷のように南郷谷という平野があり、外輪山はそのすべてを取り囲んでいる。この規模には途轍もなく驚かされる。この写真は実をいうと私の好みではない。右下の山と空にそれほどの意味を封じているとは思えないからだ。ただその景観を説明しているという絵となってしまい、私的にはただただ守りに入った写真である。だが、その説明という部分をもっと必要としても良いのではないだろうか。

冬に憩う木

憩う木EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚/ISO100:F5.6:0.3秒

鳥たちは夕暮になると集団で営巣する。このカモたちもまたここで一日の疲れを癒すのだろうか。実はこの木の上部にはカワウまで集っていた。野鳥が羽を伸ばすことが出来る場所がここなのだろう。久しぶりに自然の写真を撮ったが、自分の眼が少し変わってきたことが分かった。これが良い事なのか悪い事なのかまではハッキリとはしないが、それでも自分の中の変化に気づくことが出来たことは大きな収穫である。一人の人間の趣向、ものの見方でさえ一定ではない。私はこれを成長だと捉えることにした。

光の使い

光のつかいEOS 60D/EF24-70mm F4L IS USM/手持ち/ISO100:F5.6:1/400秒

以前はこのような写真は撮影しなかったと思う。これは阿蘇神社周辺をぶらぶらと散歩したときに見つけたシギを撮影したものだ。こうしたフランクな写真もとても楽しい物だという事に気づいた。生き方や考え方もそうだと思うが、芯さえしっかりしていれば、その他の事を柔軟に考えてもいいのではないだろうか。いや、寧ろ変化しなくてはならないのである。ただただ漸進的に殊更急激な変化を好まず、だがその変化を拒まずに、これからもいろんなスタイルを発見し新たな眼を養うことが出来たらいいなぁ等と感じている。

阿蘇で得られたもの・高揚感

実をいうと阿蘇の撮影場所が限られたと勝手に感じていた事が、この地へ足を遠のかせた原因でもある。何故なら私が足しげく通った原生林・北向山。菊池渓谷。大津の岩戸神社。俵山トンネルの崩壊。そうした問題が私にとって重くのしかかり、また地震を心配して山歩きもできないと解釈していたからである。しかし今回阿蘇を久しぶりにドライブしてみて思ったことは、阿蘇の魅力は何一つ失われていなかったという点である。よくよく考えてみればそうだ。自然というのは「自ら然る」というもの。つまりその時々、その瞬間がまさに自然なのである。我々にとって春や夏や秋や冬といった概念はあれど、自然にとってはどうでもよい事であるかのように思える。夏や冬が来てほしくなくても皆平等に移ろいゆく季節。ただ抗わず流れに身を任せ、今を精一杯生きる。それが自然なのである。そしてその一瞬のすべてが魅力なのである。上記にも記したが、私は自然は全てのものが主役になり得るという確信している。ただそれを見逃しているのは私自身なのである。阿蘇。ひさしぶりに赴いたことでこれからの写真にとっても再び弾みになったに違いないのである。「帰ってきたよ!阿蘇!」

雪が降った阿蘇でタイムラプスも撮影してみた。しかし動画に慣れていなくて上下が切れてしまった。今後練習していきたい。

阿蘇紀行-ASO GLOBAL GEOPARK- Vol.2 古閑の滝

2017.02.15
▲上記はVol.2。古閑の滝を中心に撮影。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。