【さろく旅】世界遺産の万田坑。日の本を支えた巨人/荒尾・大牟田-前編

今回は世界遺産・万田坑を発し。そこを起点として三井港倶楽部で昼食ランチ。そして大牟田市を町ブラした。熊本の荒尾。福岡の大牟田。ここは、ほんの数分の距離間で歴史の舞台が密集している。高速を用いれば、福岡市内、熊本市内、佐賀市内からも1時間ほどと日帰り旅にはもってこいの場所である。日本の戦前・戦後の発展を支え続けた屋台骨を巡ろうではないか。全編の内容をゆったりと一日で巡ったのだが、それでも濃い内容だったので前後に分けた。前編は万田坑、後編では工場群の夜景までをお伝えする。

森末はじめ-銘滝坂次郎-銘

世界遺産・三池炭鉱における万田坑を味わい尽くす。

万田坑-三井港倶楽部-松永メガネ-三井化学
 万田坑。沈殿池を回る。
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万田坑を眺める
熊本市内から高速で50分。到着は11時頃であった。この日は降水確率0%と快晴に恵まれたのだが、出発が遅く日が高く上がりすぎてしまっていた。写真を撮る者としてはあまりいい時間帯ではないが、しかし一日これからをゆっくり楽しむにはちょうど良い時間だ。
鏡のような沈殿池EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚
沈殿池は鉱業廃水を一時的に貯めておき、微粒子が沈殿するのを待って綺麗な水を放流するためにある。風がほとんど無く、天気に恵まれたために鏡のような状態となっていた。そこにカモが泳いでいて、休息と食事をしていた。
ウシガエル
この池は夏にはもっと茂り、全体を覆いつくす。そこにウシガエルが顔をのぞかせる。結構生物にとっても憩いの場所となっているようだ。これは6月の沈殿池で撮影。

万田坑-電気
池を時計回りに回っていくと配電所が見える。電力を司る心臓部であろうか。

大煙突
その手前には大煙突が聳えていて、以前はもっともっと高かったのだが、使用廃止の際に上部は取り壊したようだ。この煙突を用いて坑道内の換気を行っていた。煙突には植物が絡まりついていて風情漂う。

万田坑-煙突
煙突内部にも入ることが出来る。内部は薄暗い。またヒンヤリと涼しい。勿論のこと下はもう土で埋められている。数十メートルは下に穴があったと思われる。上部を見上げると青空が広がっていた。その光が優しく煙突内部を照らす。
万田坑望遠EOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚
池の周りには遊歩道が整備されており、そのまま万田坑入口へ向かうことが出来る。入場料は個人なら万田坑ステーションの券売機で購入。大人410円高校生300円小中学生200円小学生未満無料であるが、ここまでの立ち入りならばチケットは不要である。休館日は月曜日だ。ちなみにこの日は金曜日であったが、金曜日は人が比較的少ないようだ。
三角旗EOS 5D Mark IV/EF16-35mm F4L IS USM/三脚
万田坑の壁も煉瓦造りなのだが、そこが日光に照らされて美しい影が出来ていた。幾重もある三角旗のように見えてデザイン的だった。この積み方はイギリス式だ。それとも相まって美しい形状を為している。

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 万田坑。正門をくぐる。
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正門正門をくぐる。ここでチケットを見せる。

山ノ神
ここには鉱山労働者の無事を祈願する祠がある。山ノ神を祭ってあるのだが、ここは単体で山ノ神祭祀施設として国の重要文化財ともなっている。危険と隣り合わせの職業柄、神頼みという部分も大きかったであろうと思われる。多くの人が仕事前にこの施設で祈りを捧げ、そのご加護を受けていたに違いない。

ポンプ室
倉庫及びポンプ室として使われていた場所には瓦まで使われている。建設当初は扇風機が設置されていて、坑内へ新鮮な空気を送るための重要な施設であった。

坑道への道
祈りを捧げた労働者たちは、竪坑へ向かう。第二竪坑建屋へ向かう通路がここだ。このすぐ脇には浴室もある。

浴室
ここを見ていると労働者の話し声が今にも聞こえてきそうである。仕事を終えて一風呂浴びるというのは命がけの仕事からの生還を実感させたに違いない。おそらく脱衣する場所である。

浴室
上記の写真の真正面のドアから入ると浴室だ。ここで心身共に汚れを落としていた。ここは作業終わりの多くの労働者を受け入れる事を考えるとどうやら手狭に見える。しかしご心配なかれ、正門右には大浴場も以前存在していて多くの人が利用していた。

ボイラー
給湯器のボイラー。汚れも美しい。
煉瓦EOS 60D/EF24-70mm F4L IS USM/手持ち
ぐるっと回り、浴室横のボイラーを通り過ぎると浴室横に出る。浴室横には古びた木製の机が放置されていて朽ちている。その使用感も美しさを引き立てているように感じた。

第二竪坑入口
第二竪坑へはここからも入ることが出来る。人一人がようやく通れる通路を通る。奥には扉があるが、あの扉が内部へと繋がっている。労働者はここを主に使っていたと思われる。この場所にある安全灯室で命綱であるヘッドランプを充電し入坑した。

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 第二竪坑へ向かう。
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竪坑へ向かうトロッコ道
第二竪坑へトロッコを出し入れする場所。竪坑坑口。この場所から石炭や材料などを乗せたトロッコを出し入れした。もちろんのことトロッコ道も整備されている。ところでこの万田坑には一般的な鉱山にあるボタ山と呼ばれるものがない。それは良質で純度の高い石炭がここでは採掘出来ていたからだという。捨てるような石炭はなかったのだ。

竪坑入口
労働者が先ほどの浴室のわき道を進んでくると、この場所に出る。昭和の炭鉱夫は入りも多いが出るも多いで、あまり暮らしぶりは豊かではなかったようだ。博打や飲酒。いわゆる「飲む買う打つ」で消費する金額は並みの者たちの比じゃなかったという話もあった。

竪坑電話
その前にはこのような建屋があり、小さな事務所のようになっている。電話やスイッチレバーなどがある。ここは竪坑への上げ下ろしの際に連絡を取り合う場所だと思われる。

竪坑
この建屋の様子。緑色の小屋で魅力を感じる。

苔
第二竪坑内は冷気を感じる。上を見上げると壁にシダ植物が生えている。
竪坑植物以前望遠で撮影したもの。煉瓦の隙間に根を張っている。
第二竪坑内
ここからトロッコを上げ下ろししていた。竪坑は既に埋められている。数十メートルほど掘られている為に、実際は奈落の底に感じたに違いない。ちなみに行動は数十キロに渡り続いているが、閉山にともなって地盤沈下などの影響が出ないように埋めてあるとのこと。
外に出るEOS 60D/EF24-70mm F4L IS USM/手持ち
外に出ると青空が眩しい。外に出ると大きな木が目に入った。この木はとても気になる魅力的な木で、万田坑に訪れるといつもこの木が目に入る。晩秋には蔓(つる)が紅葉して幹が赤くなる。その光景も美しい。

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 事務所を通って職場へ向かう。
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外壁跡
ここは事務所。事務所の外壁には以前軒が連なっていたかのような跡が残っている。このような跡は、以前の記事で紹介した新町古町の古い油屋。西村邸でも見ることが出来る。

【さろく旅】140年前の浪漫を感じとる城下町-熊本の新町古町編

2016.12.22
万田坑-事務所
事務所正面。ここは以前扇風機室として使われていたようである。
theドアEOS 5D Mark IV/EF16-35mm F4L IS USM/三脚
そしてこの入口。幾多の人々を招き入れた扉。少しガタが来ているようにみえるが、それがまた面白いところである。扉にはガラスがはめ込まれているが、そのガラスが反対側の景色を映し出していた。それに風情ある郵便受け。これには手紙を投函してみたい気持ちになる。

職場前
職場前から事務所方面を撮影する。職場とはおそらく作業場。ここは坑内で使う様々な道具や機械類を修理する場所で新たに修復し復元されている場所である。元の素材を組み合わせてあるために違和感はない。

職場
職場内部は多くの窓があり明るい。明るい場所に大きな工具類が立ち並んでいた。

職場上部
上を見上げても大きな機械。

職場-機械
まわしてみたくなる機械。しかし触れてはいけない。

ねじ山
片隅にはネジがおもむろに山積みにされている。

棚
雑多であるかにみえて意外に整頓されている。

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 万田坑の第二竪坑。巻揚機室の内部へ。
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トロッコ線路
職場よりトロッコの線路を辿って行くと正門へたどり着き。そこから万田坑の巻揚機室へ入ることが出来る。

登る
中に入るときはヘルメットを被る。ボランティアスタッフの方から渡されるのだが、内部は一部とても低い部分があり、頭を打つ危険があるという配慮からだ。実際見上げるとすぐにこのような大きな巻揚機があった。動いている時触りたくないものである。

棒
実はこの鉄の棒で頭を打つ方が続出するらしい。

モーター
いかめしい機械類が立ち並び、丸い窓からは第二竪坑の巻揚機・鉄塔の一部が見えていた。

右の部屋
さらに階段が続いており、先ほどの部屋の全体はこのようになっている。

最上部
階段を少し登り、最上部へ到着する。巻揚機の操縦席があった。ここも国の重要文化財に指定されていて、現在も稼働する。ブレーキは木の板を使用されていて、交換もできる。

メーター
メーター機器も健在。

巻揚機
巻揚機の本体。物凄くでかい。これを用いて数トンの石炭などを上下させていた。つるべ落とし的に必ず左右両方に重荷を乗せ、片方が石炭を上げる場合、片方には人員を下らせる。そのようにして操作を行っていた。

外を見る
窓から外を見る。

万田坑-外
配電所方面にトロッコ道は続き、その先には以前まで第一竪坑まであった。それらを結ぶ道は遠くは三池港までつながっており、石炭の一大集積地だった。

三井港倶楽部で昼食ランチ。

ここまで写真を撮りながら歩いたため3時間ほど。14時ほどまで滞在した。おそらく普通に見て歩く分には2時間あれば十分だろうと思える。ボランティアスタッフによる解説を聞きながら案内してもらって、その後ゆっくり自分のペースで見て歩き写真を撮るというのもいい。知識がないままより絶対にあったほうが楽しめると思うからだ。ここで働いていた方も中には居て、生の声を聴くことが出来るのは貴重な時間だと思える。さて、ここまででまだ昼食を食べていない訳で、一路三井港倶楽部で昼食とすることにした。後編へ続く。

【さろく旅】華麗なる港倶楽部。剛健なる化学工場。/荒尾・大牟田-後編

2017.01.10
万田坑
地図/アクセスを表示:
〒864-0001 熊本県荒尾市原万田200−2
☎ 0968-57-9155

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学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。