【さろく旅】140年の時を刻む城下町をあるく-熊本の新町古町/番外編

今回は番外編。別の日にぶらりと街ブラ。大正の建造物の一つが坪井川から徒歩5分とかからない練兵町にある。今回はこの練兵町から新町を回った。時間があまりなかった為、多くは回れなかった。それでも先日の近辺を回っている為、ここも含めて一日で回ることが出来ると思う。この界隈は小さな飲食店も軒を連ねている。そうした場所に足の赴くまま入ってみるのも面白いのかもしれない。

滝坂次郎
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 140年の時を刻む城下町をあるく。
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・早野ビル(大正13年)
・富重写真所(明治3年)

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 熊本史上初。大正13年のテナントビル。
下バー早野ビル-正面

もうここへ到着したときには15時ごろ。多くの電車やバスが往来する場所だ。早野ビルは大正13年建造で、熊本で初めてのテナントビルなのだそうだ。設計は熊本県工業学校(現熊本工業高校)を卒業した矢上信次氏で鉄筋コンクリート造り。現在、ギャラリー「でんでん舎」や「九州活版印刷所」和服の着付けやレンタルの「わ蔵」などが1階に入居していて、お洒落な一角となっている。旧建造物が熊本地震に耐えて現在も使用されている。もうそのことだけで驚きである。ただしやはり無傷という訳にはいかず、内壁が一部損壊したりという部分的な被害はあったようだ。

早野ビル-斜め

都市景観を保持することは、他にも様々なメリットがあると思える。こうした意味合いではついつい欧州と比べてみたくなるのであるが、日本の多湿でまた地震の多い風土は、そうした考えを根付かせる土壌にはならなかったのであろう。欧州においては戦後焦土と化した都市を元通りに立て直すことに主眼が置かれた。対して日本では新たな都市が生まれた。しかし地震が少なく、また木材が少なかった為に石造りの都市が成立した欧州に比して、日本は森に囲まれ、木材という優秀な素材が今日まで豊富にあった。戦後急速に人口密度が高くなった日本にあっては高層にせざるを得ない。こうした状況では木材は不適当だ。この違いは現在の都市づくりの思想に少なからず影響があるのではないだろうか。

早野ビル-玄関

看板を見る限り、上階にも様々な会社が入っているようだった。内部は古めかしいがどこか懐かしい雰囲気を讃えていた。約90年の歴史において幾多の人がこのドアを開けたに違いない。ここへ訪れた際は、九州活版印刷所へお邪魔しようかと考えていたのであるが、年末の為か閉まっていた。その為、坪井川のほうへ歩いていく事にした。上バー
 世界最古の歴史を誇る写真所。
下バー富重写真所-裏側

先日は底が見えるほどに透き通っていたあの坪井川。この日は先日から降り続いた雨の影響により濁流となっている。やはり常にきれいな状態であるという事ではないようだ。「万歳橋」の新町側に青い独特の風合いの建物が見えてくる。ここは世界最古の写真館と言われ、歴史150年を誇る富重写真所である。

富重写真所

県外、遠くは海外からも知られるほどの場所とのことである。日本最初の商業写真家と言われる上野彦馬氏から写真術を伝授されたという初代富重利平氏。彼から現在は4代目の方が跡を継いでいる。現在も写真について相当の覚悟とこだわりを持たれ営業されているようだ。関東の美大などからも研修に訪れるほどの場所である。今ではもう居ないと言って良いフィルムでの記念撮影を行ってくれる場所。家族の歴史を刻む節目節目の大切な写真。そうした今は薄れつつある価値観を大切に、写真の格式を今に残す写真所である。

富重写真所

ちなみに熊本城本丸は西南戦争直前に火災により焼け落ちたとされる。その為、復元に当たってはここに保管されていた古写真が重要な資料の一つとなった。夏目漱石氏や小泉八雲氏、内村鑑三氏、乃木希典氏など各界のあらゆる著名人が、等身大の一人の人間として、あるいは友人、客人としてここを訪れ写真を撮っている。こうした写真の価値たるや何物にも代えがたいものがある。上バー
 夕暮の旧第一銀行。明十橋より望む。
下バー旧第一銀行-夕焼け

ここから南に歩くとすぐに先日訪れた明十橋と旧第一銀行が見える。およそ1分とかからない。この界隈はほんの数百メートルの間に様々な歴史がコンパクトに詰め込まれている。そのような良さがあるのだ。このときには既に夕暮になっていた。冬至をようやく過ぎたころで、日の落ちるのも早いのである。上バー
 熊本の色は温かみのある光。電車と町の橙色。
下バー早野ビル-夕暮

今回は早野ビル周辺に車を止めていたため、暗くなる前に一路戻った。戻るとまた違った表情の早野ビルが目に入った。見上げたときの立体感が素晴らしい。装飾も目立ちすぎず、景観に溶け込む。辺りが暗くなると街灯と窓から漏れる電灯がビル全体を穏やかな光が包み込むのである。その光景はうっとりしそうなほど吸い込まれそうになる。

早野ビル-夜景EOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/手持ち

電車が通ると橙の光が増幅する。きっとこの色こそ熊本の街の色に違いないと思うのである。この明かりは過去も、現在も、そしてこれからの未来をも照らすのである。今回は数時間の滞在であった。このほんの少しの時間をこの場所に身を置き、成り行きに任せるだけでいいのである。ただそれだけでいろんな発見に満ち溢れる。

今回は番外編。本編は下記記事に記載。コーヒースポットから絶景まで。

【さろく旅】140年前の浪漫を感じとる城下町-熊本の新町古町編

2016.12.22

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。