【さろく旅】140年前の浪漫を感じとる城下町-熊本の新町古町編

ブラブラする企画「さろく旅」。初回という事で、熊本の街ブラとしてみた。特に今回の新町古町はとても良いスポットで、熊本城の観光のついでにぶらぶらするのには絶好の場所。何故なら数分の距離感で古き良き風情(レトロ)を感じながら散歩することが出来る上、休憩には食事やお茶もできるスポットがあるのだ。まずは私が好きな大正モダン、長崎次郎書店からスタートすることにする。ちなみに「さろく」とは、熊本あたりの方言で「歩く。散歩する。」という意味がある。

滝坂次郎

長崎次郎書店-西村邸-旧第一銀行-金峰山 140年前の浪漫を感じ取る城下町。熊本の新町古町。
下

・長崎次郎書店~長崎次郎喫茶室(大正14年)
・明八橋~坪井川周辺(明治8年)
・西村邸(旧油屋)
・旧第一銀行(大正8年)
・坪井川を歩く
・【必見!】金峰山の絶景

上バー 長崎次郎書店の2階。長崎次郎喫茶室で至福のティータイム。
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長崎次郎書店

長崎次郎書店は創業明治7年。この建物自体は大正14年に建てられたものだ。当時からナウい建築として有名だったらしい。今も一周回ってナウい。ちなみに国の登録有形文化財に指定されているとのこと。とにかく素晴らしい建築美だ。今回はお昼からの出発で、もうお腹も空いていた。そんなわけで早速2階にある「長崎次郎喫茶室」でお茶にしてみた。実は長崎次郎書店には立ち寄っているが、喫茶店には初めて入店した。

長崎次郎喫茶室-眺め

店内はとても入りやすい雰囲気。蓄音機やオルガンが飾ってあり、まさしく私好みのレトロ感である。この2階というのは以前、長崎次郎書店の事務所として使われていた場所だそうだ。この場所で仕事が出来るなんてものすごくうらやましい。「仕事もはかどっただろうなぁ」などと考えていた。ちなみに店の前は市電が走っており、こちらも古き良き時代を思わせるのだ。そしてスクランブル交差点の発祥地は熊本でもある。そういう訳で、ここは「ザ・熊本」を体現しているような場所である。

長崎次郎喫茶-メニュー

一息ついてメニューを見る。食事メニューを注文するときにコーヒーをセットで頼むと200円引きという。そんなわけでもちろんこれを利用して「野菜たっぷりのホットサンド」と「次郎ブレンド」を注文。うむ次郎ブレンド。私にぴったりの名前である。

長崎次郎喫茶室-最奥

私の座った席は一番奥で、その壁には写真が2枚飾ってあった。当時カメラを持っている人はどんな家柄だったのだろうか。と空想に浸りながら待っている。左の写真は現在熊本大学である夏目漱石も教壇に立った五高。現存している建造物で、当時にしてもハイカラだったに違いない。ちなみにこの美しい建物は、五高記念館として公開されている。ぜひ近々訪問したいところである。
上バー 雰囲気まで味わい尽くす珈琲。あとホットサンド。下バー
長崎次郎喫茶室-ホットサンド

暫く待っているとホットサンドが出てくる。カリッフワッサクッシャリッうまっ。野菜たっぷりのホットサンドには、トマト、ピーマン、タマネギ、レタス、チーズ。本当に野菜たっぷりだった。熊本でもかなりうまいホットサンドといっても過言ではないだろう。

長崎次郎喫茶室-次郎ブレンド

コーヒーは酸味すくなく、口当たりもいい。苦みが口に広がるとそれだけで至福。カップとソーサーは今回「NARUMI」のものを使用していた。ライトはテーブルの真上にセットされていて、テーブル全体を照らす。自然光も入ってくるため、料理やコーヒーの本来の色が引き立っていると感じた。

長崎次郎喫茶室-蝶番

窓。この窓が素晴らしい。外を眺めると、額縁の中の絵画の様に見える風景がより魅力的に映るようだった。ここで過ごすと時を忘れてしまうようだ。実際にこれからいくらかの場所をぶらっと巡ろうと考えていた私にとっては迂闊な事であった。素敵な場所で美味しい珈琲に舌鼓を打つ。なんと極上な時間であろうか。

長崎次郎喫茶室-書棚

喫茶には本棚もあり自由に読めるようになっている。熊本あたりの人にはおなじみのキジウマの姿もあった。こう言う所がなにか懐かしい。おいてある本もつい手に取りたくなる内容の本。ところで、他のお客さんは一人で来ている人も多く、家族ずれの姿もありアットホームな感覚だった。

長崎次郎喫茶室-カウンター

帰り際、マスターにカウンターの写真を撮って良いかを尋ねると快諾してくれた。笑顔も素敵で、温かみがある方だ。このカウンターは人を惹きつける何かがある。そう思って上の棚を見てみると、ここが書店の事務所であったことを伺わせてくれる品々が飾ってある。どれもとてもいい雰囲気を醸し出している。左側の暖簾には「J」というロゴ。このロゴも素敵だ。長崎次郎喫茶室ではいくらかのお土産も買うことが出来る。コーヒーやどら焼きである。

長崎次郎喫茶室-カウンター上

棚をよく見ると村上春樹氏のサインや、江口寿史氏のサインも飾ってあった。お二人ともここを訪れたとのこと。古めかしい蔵書の数々。
上バー 空間が楽しい長崎次郎書店で本を買う下バー
長崎次郎書店-正面

長崎次郎書店の外観。ここが一口に魅力的なのが分かると思う。何を言わずとも、この姿が既にすべてを物語ってくれているようだ。1階が書店、2階が喫茶店となっている。ここを訪れると流れる時間もどこか穏やかだ。

長崎次郎書店-夕方もう少し夕暮どきになると街灯もともってますます温かみのある街の本屋さんとなる。

長崎次郎書店-扉

次に1階の長崎次郎書店を訪れた。実は上通という場所に、長崎書店という本屋もあるが、その姉妹店だ。熊本ではデザイン関連や思想関連を含めてその選書スタイルが好評。マンモス書店が多い中、そのセンスで奮戦している。この店に行くと、きっと欲しいと思える本に出会えると思う。実際に私は今回も本を購入してしまうのだった。日頃アマゾンで本を探している私にとって、実際に本を探し、手に取るという見分行為は何にも代えがたいものがある。特にこのような場所があれば尚更だ。

長崎次郎書店-スクランブル交差点

書店を出る。長崎次郎書店で満足したが、少し徒歩の運動。さろき回ろうと思う。行きかう電車を尻目に、一路古町を目指す。古町まで徒歩で5分とかからない。坪井川を渡るとそこは古町。まずは川にかかる橋、明八橋を目指す。
上バー 明八橋から眺める古い町並み。空気を感じる。下バー
坪井川-明八橋

明八橋も伝統ある建造物。しかし地震の影響からか、一部の欄干が崩落していた。この橋には定時になると殻付きの米を撒く人がいるようで、ハトがそれをついばむ。

坪井川-明八橋からの眺め

明八橋から望める場所に赤煉瓦が積み上げられた綺麗な建物が見える。以前は川沿いに店や倉庫を構えるのは必定でもあった。なぜなら川こそが運輸の要、交通の要だったからだ。この西村邸も例外ではない。ちなみに油屋であったそう。赤煉瓦に囲まれた敷地には純和風建築が建っていて、中庭まである所謂町屋だ。
上バー 町屋・油問屋の美しき赤煉瓦。下バー
西村邸-防火壁

西村邸の防火壁が両サイドにそびえている。油屋であったため防火設備は必定だったようだ。この煉瓦には以前家屋が密着していたような跡が残っている。このような跡は万田坑でも見ることが出来る。実はこの建物も器季家カフェという喫茶店が入っていた。しかし熊本地震の影響を受けていて残念ながら閉店を決断されたようだ。今は修復作業の足場が組まれている状態となっている。Airという作家さんのお店が4月ごろに再開予定のようだ。

西村邸-内部上記は2014年11月28日に訪れた際の写真。ご厚意で中庭まで見せて頂いた。ここは未だ使用されている住居でもあった。川に面しているという事もあって、荷下ろしをこの家の玄関のひざ下くらいの高さの空間で行っていたようだ。

上バー 大正の銀行を訪ねる。下バー
古町-旧第一銀行

ここから道沿いに歩いていくと約1,2分で、石づくりの大きな建物が目に入ってくる。この建物は、以前第一銀行として使われていたもので、とても美しい佇まいをしている。現在は違う会社が使っているようだ。平成に入り、一時は取り壊しの憂き目にあったが、市民の願いがかなって現在も保存されている。こうした建造物が遺されていること自体に紆余曲折があるのだ。それは歴史ある建物のほとんどがそうだと言っても良いくらいに。維持管理に相当な覚悟が要求されるのも理由の一つである。

旧第一銀行-正面玄関

この建物も熊本地震の影響で黄色の紙が貼られていた。外壁の落下の危険があるとのこと。このあたりで写真を撮っていると、通りかかった女性がこの建物のことなどを教えてくれた。

新町の女性

なるほど。明治8年建造、明八橋。西南戦争が明治10年に起こったことを考えると、ちょうどその時代のもの。歴史の深さにちょっとした驚きだ。熊本も第二次世界大戦で空襲にあっている。いくつかの戦乱を乗り越えてこうした建造物が今も残っている事に感慨もひとしおだ。

旧第一銀行-楼と鳩

上を見上げると鳩が楼の一つで小休止していた。しばらくあたりを見渡した後、どこかへ飛び去って行った。この街の風情は鳩も気に入っているように感じた。時間の流れも慌ただしい喧騒を忘れ、杓子定規の行動を余儀なくされる世界から切り離される。そうした時間を過ごすことが出来る町だ。私の場合、このような時間の流れに身を浸すと、明日からの活力がみなぎってくるようだった。
上バー 生活河川とは思えぬ透明度。坪井川を歩く。下バー
坪井川-歴史ある階段

橋の脇には石段があり、そこから川べりへ下りてみた。下から眺める景色というのも風情がある。この川の石畳も石段もレトロを感じさせ、均等に切り出された石が石工の技術を忍ばせる。この場所もきっと相応の歴史を持っているに違いない。本来、機能的であればよいだけの護岸工事。そのような隠れたる部分までも美しさを秘めているように感じた。

坪井川-歩く

この川べりを戻りながら少し散歩することにする。

坪井川-鯉と朽ちた民家EOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/手持ち

川には鯉が群泳していた。上から川底が見えるくらいに透き通った水で、ここが都市河川である事実との間にギャップを感じると思う。熊本は地下水が豊富で、こうしたところからもその水の豊かさを感じることが出来る。この上の家は現在廃屋なのだろう。家屋の中に植物が生い茂り、「私が住人である」と言わんばかりの状態となっていた。どこかシュールな絵だ。

坪井川-鯉と民家

私が写真を撮っていると、自転車で子連れの方がその足を止め、橋を見下ろして何を撮っているのかと興味を持って見ていた。その先には鯉が泳いでいて、子供もおおいに喜んでいたようだった。きっとこの土地に住む人でも、ふと立ち止まって足元を見てみると新たな発見があるのだ。こうした事実にすこし心が満たされたような気持ちになった。
上バー 熊本の山!金峰山からの絶景。いのちのともしび。下バー

血染めの有明海EOS 5D Mark IV/EF24-70mm F4L IS USM/三脚

古町新町を離れる頃には夕暮時になっていた。しばらく車を走らせ、行く当てもなくふらふらしていると金峰山の登り口についた。金峰山は熊本城のすぐ後ろの位置していて、熊本の象徴ともなっているような山だ。私は久しぶりにこの山の頂上の眺めを撮りたいという衝動にかられた。山道を登っていると有明海が夕陽に染まり、朱色に輝いていた。こんな鮮やかな紅玉を見ているかのような空色は久しぶりに見た。その光が海へと反射して神秘すら感じるのである。

被災後の熊本-いのちのともしびEOS 5D Mark IV/EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM/三脚

山頂につくころには18時ごろになっていて、あたりも静けさと冬の寒さを讃えていた。カップルにとってはドライブコースにもなっているこの場所、帰路につくまで独り占めすることが出来た。熊本が被災してから初めてこの山からの夜景を見た。震災後は停電、断水、ガス遮断。きっと文字通り闇の中にあったに違いない。手探りの状態からようやく人々の生活が立ち直り始めている。光はいのちの灯。そうして考えると熊本のこの輝きに、嬉々とした感情を覚えた。(上記の写真は、なべてクリックで拡大できるようにしている。)

後日談

日本の自画像今回のさろく旅・長崎次郎書店で購入した本のひとつ「日本の自画像」。出版社はCrevisという会社なのだが、この出版社の出す写真集は私にとって「アタリ!」が多い。好きな写真家、星野道夫氏の写真エッセイの編集もすばらしく出来がよくて気に入っている。今回はそうしたお気に入り写真集に仲間入り。戦後の暗くて明るい時代を巨匠とよばれる写真家たちがモノクロで映し出している。時代の記録という点でも写真の構図という点でもすごく勉強になる。これから「モノクロの練習もしたい」とすこぶる思わせる良書だった。今回私が気に入った写真はいくつかあったのだが、林忠彦氏の「焼け跡の母子」「ゴミ捨て場のバー」や長野重一氏の「戦災を免れた町並み」「海抜ゼロメートル地帯の洪水」などが妙に心に残った。単純に写真の好みが先にあって、撮影者に目を落とすと大体このお二人の写真だったことを驚いた。今後彼らも少し焦点を合わせてみたいところである。この本は、すぐにでも写真を撮り歩きたい衝動に駆られてしまう。体によくない本だ。

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下記は番外編として用意した近隣。今回回った場所以外にも良いスポットが多数あるのだ。

【さろく旅】140年の時を刻む城下町をあるく-熊本の新町古町/番外編

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築城400年、熊本城の魅力を紹介。熊本城にみる熊本地震。

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ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。