阿蘇。世界一のカルデラと1000年の伝統が生み出した美しき風景。

熊本を象徴するものの一つ阿蘇。阿蘇五岳を構成する高岳・中岳・杵島岳・烏帽子岳・根子岳。横から見た姿はお釈迦様が寝そべっているように見える事から涅槃とよばれる。「日本人にとっての山が富士山ならば、熊本人にとっての山は阿蘇五岳ではなかろうか」と思うほど熊本人の精神に宿る存在である。滝坂次郎

阿蘇五岳の景

私はいつしか阿蘇の魅力を写真に少しでも収めたいと願うようになった。葛飾北斎は日本人の心ともいえる富士山をモチーフとした。富嶽三十六景はあまりにも知られ愛される名作だ。彼ほど偉大な絵師ならばそれを描くに相応しい。しかしどうしてもそのような取り組みを私も阿蘇五岳をモチーフに出来ないかと考えたことがあった。これは私にとってライフワークの一つになり得るかもしれない。阿蘇。それは私にとって、熊本の人にとって大きな存在。だからこそ、それが稚拙なものだとしても”今の姿”をどうしても写真に収めておきたいのである。

産山村より

産山村から見た阿蘇山

産山村は北外輪山に位置している。やまなみハイウェイを通るときには広大な原野が目の前に広がりその空気はとても清々しい。この地には池山水源や山吹水源など湧水も豊富。原木で栽培されたシイタケはとても美味しい。原野では牛の放牧がおこなわれていて、草原の中に牛道と呼ばれる轍が形成されている。

蘇陽峡・長崎鼻展望台より

蘇陽峡・長崎鼻展望台から見た阿蘇山
阿蘇五岳は南部からもその姿を拝むことが出来る。蘇陽峡は紅葉も美しく、毎年もみじ祭りも開催される。戦国大名でもあった阿蘇家はこの辺りの地域も支配し、むしろ阿蘇の南部、矢部(山都町)に本拠地を構えた。よくよく考えると、阿蘇が見える地域一円を支配していたと言っても過言ではない。最盛期には御船や城南、その先の沿岸部まで支配し、今でもその足跡をあらゆる場所で見ることが出来る。

中原・押戸石の丘より

中原・押戸石の丘から見た阿蘇山
この場所から阿蘇五岳を眺めると、その丘陵の美しさを存分に感じることが出来る。今では観光客も増えたこの場所であるが、以前と変わらぬ雄大さを感じることが出来る。

北外輪山より

北外輪山から見た阿蘇山
北外輪山にある展望所から撮影したもの。阿蘇谷とよばれるカルデラ内部の地域。阿蘇山に降り注いだ雨水が田畑を潤し、また原野の牧草を牛馬が食む。噴火を続ける恐ろしい活火山でありながらまた多くの生き物を支えもしている。阿蘇というのは常に人と自然が身近だった。だからこそ、その自然を敬う信仰が人々の魂に刻み込まれているのだと思う。

瀬の本高原より

瀬の本高原から見た阿蘇山

熊本緑の百景の1位にも選ばれている瀬の本高原。冬には樹氷も見ることが出来る。夕刻の丘陵を雲の陰が走る。

スカイパークあざみ台展望所より

スカイパークあざみ台展望所から見た阿蘇山
久住の麓のこの場所から阿蘇を望むととても美しい光景が広がっている。またこの場所は大きな展望所で子供たちがこの景色の中で遊ぶこともできる。観光用の遊覧ヘリコプターも飛んでいた。

大観峰付近より

大観峰付近から見た阿蘇山
この日は降雪もあった。天を覆う雲の隙間から光が差し込んでいた。冬の五岳は積雪により際立つ山肌を見ることが出来る。

ミルクロードより

ミルクロードから見た阿蘇山
震災から半年後。はじめてミルクロードを走り、外輪山から撮影。阿蘇五岳は以前と何一つ変わらぬ様子で私を迎えてくれた。雲の隙間から照らす日光が田園、そして中腹の仏舎利塔をやさしく照らす。

産山村より

産山村から見る春の阿蘇
芽吹きの季節を迎え、緑の濃淡がとても美しい。柔らかな光が差す春霞の季節。

産山村・久住山麓より

産山村・久住山麓から見た阿蘇
牛が一斉に歩き出す。阿蘇五岳へと導かれるようにして。牛が通った後は踏み鳴らされて筋となる。牛道が斜陽によって照らし出されていた。

兜岩展望所付近より


日中の温かさと裏腹に朝晩は冷え込む。そんな涼しくなる一歩手前の初秋に雲海が広がる。

城山展望所より


収穫時を迎えた田畑。美しい色彩がモザイク画のように輝く。

南阿蘇村・久木野より


青空に白き雲が映える。秋を目前にして黄金色に輝く。

1000年の歴史・野焼きが生み出す風景

阿蘇の放牧
阿蘇といえば、見渡す限りの草原が広がっていてそこに放牧されている牛馬がいる。そういう情景が思い浮かぶ。驚くべきことに、実はその景観と生態系は1000年に渡って受け継がれ、続けられてきた野焼きによって維持されているのだ。人間の行為それ自体が、ここまでくるともはや「自然の一部」といっても過言ではない。実際に阿蘇には既にほかの地域で失われ、あまり見る事のない幾多の希少動植物が自生している。

阿蘇の野焼き阿蘇は大きく春と夏の顔が異なる。それは野焼き直後(before)と野焼き後(after)の姿だ。野焼きは伝統的に芽吹きを前にして阿蘇全域で3月に行われる。

阿蘇のキスミレ焼け野原となった大地から芽吹く生命。希少種キスミレが一斉に顔をのぞかせる。野焼きという人的行為によって多くの動植物が保存され、生物多様性が確保されている世界でも数少ないホットスポットである。

阿蘇の牛
こうして緑の絨毯となった草原では、赤牛が放牧されるという訳だ。風薫る若草の時期には柔らかな葉を食べる牛の姿を再び見ることが出来る。

2カ所の野焼きの経過をBefore-After形式でお伝えする

1.米塚-Mt.komezuka

阿蘇五岳から米塚を眺める。小さな窪みがあり、なんとも可愛らしいフォルムの小さな山は米塚だ。阿蘇の衛星火山の一つで、国指定の名勝でもある。伝説によれば、飢饉の際に飢えに苦しむ民に神が救いの手を差し伸べ、米で一山築いたのだという。米塚は下から見上げても小さな山で簡単に制覇できると思いがちだ、しかし実際に登ってみると意外に息切れする。足元は泥で滑り、またその道も急なためだ。しかし時間はかからない為、登ってみるのも面白い。
before野焼き直後の阿蘇、米塚
after野焼き後の阿蘇、米塚

2.押戸石の丘-the hill of Oshitoishi web2

阿蘇五岳を眺めるに丁度良いスポット、それが押戸石の丘だ。この丘の頂上付近には大きな岩が無数にあり、象形文字見られるとパンフレットに記されている。岩に方位磁針を近づけると回転するという事からパワースポットともなっている。しかしこの事実には反証がなされている。それ以上にこの丘からの眺めは格別なのだ。私はこの眺望は世界的にも特異の美観であると思う。
before野焼き直後の阿蘇、押戸石
after野焼き後の阿蘇、押戸石

アクセスの際はマゼノミステリーロードへ。道沿いから看板のほうへ入っていくと駐車場と料金所がある。維持管理費用として一人200円が必要だ。〒869-2403 熊本県阿蘇郡南小国町中原511
【公式WEB】押戸石の丘
【学術】自由塾-押戸石の丘

産山村の原野に季節の変遷を見る

ドライブのついでに立ち寄ってしまう産山村。事あるごとに立ち寄った風景を紹介したい。

産山村から見た春の阿蘇山
葉を付けようとしている木々。春雲の流れに従い、光のコントラストが大地に生まれる。

産山村から見た夏のの阿蘇山
草花は隆盛し、その恵みに多くの動植物が育まれる。

産山村から見た冬の阿蘇山
雪雲の厚い雲に覆われる大地。雲の隙間が生まれ、一点に光芒が差しこむ。五岳はほんの薄っすらとしか姿が見えないが、その手前の原野にスポットが当たっている。

阿蘇に住む

阿蘇の牛たち
私は以前阿蘇のカルデラの中にある一宮町(現阿蘇市)や北外輪山に位置する産山村に住んでいたことがある。その時の経験は今も忘れることが出来ない。屋根裏は夜になるとネズミとイタチの大騒動。獣道を散策。少しため池にいけばアカハラの楽園。キツネやタヌキ、アナグマ、キジには当たり前に遭遇する。放牧された牛馬は豊かな草原を謳歌しているし、とにかく阿蘇の自然というのは魅力的なのだ。阿蘇には日本でもとりわけ幾多の希少種が自生している。こうした環境が今残っている事自体が素晴らしい。今私は阿蘇の四季を撮影し続けている。そうした写真は紀行に掲載。

ABOUTこの記事をかいた人

学生時代にドイツを一周。ジャーマンレイルパスを使って鉄道の旅だった。そのとき始めて触れる空気に圧倒されたのだが、南ドイツに行くにつけ何か懐かしい空気を感じていた。放牧された牧野や美しい川が流れる渓谷。森林の中での散策。そんなときふと思い出したのは地元熊本の阿蘇だった。その景色や空気は阿蘇と似ていた。しかし、南ドイツにも阿蘇にも代えがたい魅力がある事に気づく。私は日本を一周した事がない、それと同じで多くのドイツ人も国を一周した事はないに違いない。私は極限られた自分の生きてきた土地のことも知らなかった事に愕然とする。生きている場所、熊本の魅力は何か、日本の魅力は何か、きっと多くの発見が身近に潜んでいるに違いないと思えた。そんな地元の魅力を発見、いや再発見していくのがこのブログの目的だ。多くの事実を知り、多くの方とそれを共有していくことが出来れば、私にとってこの上のない喜びである。